思い出す方法を教えてよ
もう一度
「僕達は2人で階段から落ちたんだよね」

夏樹は階段から落ちたことは覚えていたけど、その理由は忘れていた。私が関わったことだけ、綺麗に切り取られたみたいに消えているのだ。

「うん、帰り道で」
「やってみようか」
「えっ!?」
「落ちて頭を打てば、思い出すかもしれない」

何言ってるのと怒ろうとしたけど、夏樹の顔は真剣だった。ひどく思いつめた顔で私を見つめていた。

「このままじゃ、だめだと思う。君に悪いし」
「怪我したらどうするの?だめだよ、そんなの」
「君はたまにすごく寂しそうな顔をする。自惚れかもしれないけど、僕のせいだよね?」

確かに寂しい。夏樹が私のことを忘れてしまったことは寂しいけど、夏樹が責任を感じる必要なんてない。そんな思いつめた顔をされると、私が悪いことをしてしまったみたいだ。

「そんなの嬉しくないよ」
「え……」
「責任感じて、思い出さなきゃなんて、嬉しくない。もういいよ、夏樹。普通に生活する分には何の問題もないんだから、無理して思い出すことないよ」

結局、その程度だったんだ。私の存在なんて、頭を打ったら抜け落ちてしまうくらいに軽いものだったし、失ったところで困らないんだ。

「そんなこと言わないで」
「いいの、もう忘れて」
「忘れられない」
「忘れたじゃない、全部!」

夏樹が目を見開く。ああ、言ってしまった。傷付けたくなかったのに。私はまた逃げ出した。

夏樹は好きだとなかなか言ってくれなかった。本当に私のことを好きでいてくれるのかなって不安に思ったこともある。告白も、手をつなぐのも、キスも、全部私からだった。
だから、その程度だったのかもしれない。
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