恋愛じかけの業務外取引
真正面から見る彼は、部屋着を着ているし髪も寝癖を付けたままでセットされていないが、いつもミーティングルームで見る表情をしている。
家には仕事を持ち帰りたくないと言った彼が、珍しく家で仕事の話をしようとしている。
彼が私の告白についてイエスの返事をしてくれないのは、どうやら仕事が原因らしい。
「山名さん」
「はい」
「実は、ブルーメが我々との取引を白紙に戻す可能性が出てきました」
彼の放った言葉があまりにもショックで、頭の中が真っ白になった。
数秒間、私はなんの反応もできず、間抜けに口を開けていた。
だって、この「ブルーメ」との取引は、私たちにとってとても大切な案件だ。
「まだ決定ではありません。白紙にならないよう、引き続き先方への折衝を続けます」
「……はい」
聞きたいことはたくさんあるのに、この一言を絞り出すのがやっとだ。
人間、あまりにショックが大きいとなにも言えなくなるらしい。
「俺はこの件で、マヤを大きく失望させてしまう可能性がある。だから、この件のカタがつくまで、もうしばらく俺を見ていてくれ」
私は決して首を縦に振らなかった。
しかし彼は無言の私が納得したと思ったのか、話を終えてベッドを降りていった。
菜摘に仕事に私情を挟みすぎだと指摘したが、彼は私情に仕事を挟みすぎなのでは。
時計を見ると、時刻は午後1時前。
熱を交わした男女が迎える朝としては遅すぎたのか。
私はもう少し夢を見ていたかったなぁと思いながら、一度だけ聞いた『俺も好きだよ』を何度も脳内で再生した。