恋愛じかけの業務外取引

「どうした? 電話、上島さんだろ? なんかあった?」

「あー、うん。ちょっとね」

他社のあなたには言えないけれど、というニュアンスを醸し出す。

仕事の話ではなかったけれど、言う必要のないことだ。

もし少しでも誕生日のことに触れてしまったら、私は彼を悪者にするような言い方をしてしまう気がする。

それは避けたい。

私は自分が勝手に決めたリミットを、自分が勝手に出た電話で逃しただけなのだ。

私はこっちの部屋に散らばっている自分の衣類をかき集め、テキパキ身に着けた。

涙がおさまったところで目元を拭う。

風呂場でメイクを落としておいてよかった。

そして、またボロボロに泣かされたあとでよかった。

今泣いたことがバレずに済む。

バッグからひとつ物を取り出し、彼の待つ寝室へ。

「堤さん。私、今日は帰るね」

「えっ? 泊まってかないの?」

彼が焦ったようにベッドから身体を起こす。

暖房は効いているが、だからといって体温を奪われないわけではない。

風邪を引いてもらっては私も業務的に困る。

さっき私が脱いだスエットを手渡し、彼が身に着けるのを見届けた。

「さすがに着替えたいなって思って」

「そっか。そりゃそうだよな」

残念そうにしてくれて嬉しい。

だけど、30歳になってしまった私には、再び思い切ってアタックする勇気も勢いもない。

下のスエットも履いて立ち上がった彼が、仕事着の私を優しく包み込む。

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