さよなら、世界
彼女と正式に付き合うことになって一年とすこし経った頃、僕は彼女がいかに大きな存在なのかをあらためて思い知った。
「先輩のことが、好きです」
倉庫の上で横になっていると、しょっちゅう他人の告白場面に遭遇する。またか、と思いながら読みかけの本を顔に伏せて、僕は目を閉じた。
残暑とはよく言ったものだ。夏が置き忘れたように熱が空気中に滞留している。風のある日は、屋内にいるよりも外に出て日陰で過ごしていたほうが気持ちがいい。
告白していた誰かが去っていく。恋に破れたのか、遠ざかっていく足音は重くて地に沈むようだ。告白を受けていた側の足音を探したとき、倉庫の屋根に見慣れた顔がひょこっと現れた。
「ユキハル。やっぱりここにいた」
長い髪を後ろで結んだ彼女が、僕のとなりにやってくる。その手には手作りらしいクッキーの袋を持っていた。
「え、今告白されてたのって」
「うん、私」
「え、でも相手の子、女子じゃなかった?」
「そうだよ」
袋を開けて、彼女はさくさくとリスのように焼き菓子をかじりはじめた。
「好きですってこれ渡されたから、ありがとうって言って受け取ったの。あ、おいしい」
「ユキくんもいる?」と袋を差し出されて、僕は首を振る。
「たしか、先週は男子から告白されてたよな」
「モテ期到来ですなー」
自分で言って、彼女は「うしし」と笑う。
一年次はその媚びない姿勢が鼻につくと同級生や上級生から敵意を向けられていた彼女は、学年が上がると今度は堂々としていてかっこいいと後輩人気を博すようになった。
彼女と敵対していた連中も、何を言ってもやっても凹まない彼女を相手にするのはいい加減疲れたらしい。ここのところ、好意を向けられることのほうが多く、正直言って僕は気が気じゃない。
「どこがいいんだ。こんな、見た目だけで頭の中はからっぽの女」
「あはは、ユキくんの存在感、頑張れー」
「うるせー」
目立つ彼女と違って、僕の存在はあまり知られていない。二年になってクラスが離れたこともあるけれど、僕がくじ引きで負けて学級委員になったことも大きい。