君が扉を開く時
1.深夜の帰宅
 個人仕事で遅くなって、寮に帰った時にはとうに日付が変わっていた。今日はマネージャーも直帰したから、帰ってきたのはオレ1人。他のメンバー4人も、それぞれ仕事で韓国に戻っていたり、中国に行っていたり、大阪に行っていたりで、誰もいない。…はずが、リビングに灯りが付いている。そうっと、できるだけ物音を立てずに入っていくと、ソファに小さく丸まっているネコみたいなヤツが見えた。


 「やっぱり、来て待ってたのか。けど、結局寝てるんなら意味ないだろうが…。」

 ふ~とため息をついたオレは、さてどうしたものかと考えた。
  1.遠慮容赦なく起こす。
  2.何か掛ける物を持ってきてこのまま寝かせておく。
  3.抱き上げて連れて行く。

 「ま、当然3番だよな。」

 オレは躊躇なく、そのネコにしては大きいけれどオレと比較すると小っこくて柔らかいものを抱き上げた。熟睡していても、何となく居心地が変わったのを感じて、すりっとオレになついてくる。

 「ホントにネコ。」

 その本能的な反応についそんな言葉が漏れる。

 甘え上手で、でも、従順じゃなくて、構い過ぎれば逃げるし、放っておけばすり寄ってくる、わがままで扱いづらいヤツ。ホントに手がかかって面倒で、腹が立つことも多くて、いい加減縁を切ってやろうかとマジで何度も思ったけれど、結局オレから手放すことはできないヤツ。オレの心にしっかり居場所を確保してしまった、2つ年上の華。オレの彼女、と胸を張っては言い切れない、元々器用じゃなくて、女との付き合いがうまくないオレにすっかり自信をなくさせた女だ。


 出会いは、2年前に遡る。

 その当時、ボーイズグループとしては、韓国内で5本の指に入るかと言う位置にいたオレ達は、思いもかけないいろいろな事情が重なって、韓国内での活動が難しくなった。解散を含めいろんな選択肢があった中で、思い半ばでの解散を絶対避けたかったオレ達が選択したのは、安定した人気があり、製作サイドの支援も厚かった日本に活動拠点を移すことだった。事務所も元の事務所の子会社ではあったが、オレ達だけの単独事務所を日本に開き、レコード会社も以前とは逆形態で、メインが日本、韓国が契約になった。そうやって本拠地が完全に日本になったため、生活の拠点である寮も日本に移した。

 そんなオレ達の状況に注目して、密着取材などの企画を申し入れてきた出版社やテレビ局が日本国内外を問わず多数あった。その中で決まった密着取材の内の出版社の記者が、華だった。

 普通、密着取材しようとする場合、たいていはオレ達との距離を縮めて親しくなり、本音を聞き出そうとするのが普通だろうに、華には一切それがなかった。見た目からして、まるで経済誌の記者じゃないかと思うような堅いファッションに、すっぱり切りそろえられたショートボブ。キリッとしたマッドなメイクにシャープなメガネで、小柄な体に似合わず親しみやすさゼロだ。必要以上に近寄らず、ただし、いつも鋭い視線をオレ達に向けている。最初は、何か機嫌が悪くてケンカを売ってるんじゃないかと思ったが、終始一貫それだったから、その状態がデフォルトなんだとやがてわかった。

 しばらく密着期間が続いてくると、そんな華の取材態度が全然気にならなくなった。それは、華がほとんどオレ達の邪魔になることがなかったからだ。一緒に入っていたテレビ局のスタッフや、ネットサイトの記者には、時にオレ達の気に障るようなタイミングで割り込んできたり、だんだんと気安くなって、ずかずかと遠慮無く踏み込んでこられることがあったけれど、華はいつもオレ達と一定の距離を置きつつ、本当に必要な時に必要最低限のことしか聞いてこなかった。最初は気に障った華が、だんだん好感を持てる相手になっていった。

 そして1か月の密着期間が終わって、テレビ、雑誌、ネット、それぞれにオレ達の番組や記事が発表されたのだが、1番最後に公になった華の書いた一般音楽雑誌の記事に、オレ達は圧倒されたんだ。鋭い視点でオレ達の今を的確に捉え、他のメディアが見落としていたようなオレ達の小さなこだわりまできちんと拾い上げられていた。また、一転してオフステージのオレ達に対する温かささえ感じるスケッチは、オレ達1人1人の人間性をうまく表していて、興味を引かれる物になっていた。そんなオン・オフをうまく扱った記事の出来映えにメンバーも一様に感心するしかなかった。こんなスゴイ記事を書く華って、いったいどんな人間なんだろう?と、オレ達みんなが華本人に興味を持つのは当然の成り行きだったと思う。

 なのに、密着期間が終わると、その音楽雑誌の担当記者が交替したんだ。聞けば、華はその雑誌社を辞めてしまったんだと言う。もっと知りたいと思っていたのに華が消えてしまって、惹かれた興味も褪せるのかと思えば、なぜかオレの心にはいつまでも引っ掛かりがあって。華の話をいつの間にかみんながしなくなっても、オレは事ある毎に、華のあの凜としたまなざしを思い返していた。


 そうやって想い続けていれば、こんな風に再び会うことができるのか、と自分でも驚いた華との再会が叶ったのは、密着取材が終わって1年近くが経った頃だった。

 重なっていたトラブルがやっと解消して、韓国内での本格的な活動を再開したばかりのオレ達は、久々長期のソウル滞在中だった。その日は、とあるメンズファッションブランドの新しいラインのスチール撮影で、スタジオ入りしたオレとメンバーのグァンヨンを出迎えたのが、そのブランドの広報として働いていた華だったのだ。何も知らされていなかったオレとグァンヨンは、めちゃくちゃ驚いた。それを見た華は、してやったり顔でにこやかに挨拶してきた。音楽雑誌の記者をしていた頃ほど堅いイメージではなくなり、生き生きとして余裕のある感じがした。ああ、きっとこっちの仕事が本来華のしたかった仕事なんだな、と思った。

 華は、本当にこの仕事に向いていた。てきぱきと仕事をこなし、スムーズに撮影が進むようにあちこちに気を配って、雰囲気作りもうまくやってた。また、オレとグァンヨンの個性の違いもよく把握されていて、それぞれにまさにピッタリの衣装を選んでいる。イメージだけでなくサイズもジャストの物がちゃんと用意されているから、自分達でもよく似合っているのがわかって、撮影してても気分がいい。

 セットチェンジで休憩になって、オレ達は華と久々話した。その時の華は、密着していた時よりずっとフレンドリーで、他愛もない話でよく笑った。ほとんど初めて見る華の笑顔は、何だか思った以上にかわいらしくて、あの凜としたまなざしとのギャップに、その時点でもうオレはすっかりやられてしまったんだと思う。

 撮影が無事終わって、その時には、グァンヨンが華の連絡先をゲットしていた。…オレのためにだ。華と向き合うオレの様子は、あからさまな好意がすっかりバレバレだったらしくて、グァンヨンも華にズバリそう伝えて教えてもらったのだと言う。同期でシンメなだけあって、本当にオレのことをよくわかっているグァンヨンには頭が上がらない。

 「華に会ったこと、しばらくみんなには黙っておくから、その間にちゃんと連絡取って食事にでも誘いなよ。今の華ならみんながみんな会いたがると思うからさ。こういうことは、ある意味早いもん勝ちだよ、ソンハ。タイミングが大事!ファイティン!」

 すっかり応援体制になっているグァンヨンにハッパを掛けられて、オレも何となくその気になった。その日別の取材の仕事が終わって、ホテルに戻ってすぐに食事に誘うメールを送った。けど、その時は色よい返事がもらえなかった。何となく、オレを避けたいようなニュアンスが返信から伝わってきた。けど、1年も興味を引きずってきているオレは、そこでめげることもなく、2度3度と懲りずにメールを送り続けた。そんなオレのしつこさに根負けしたのか、華がやっとOKしてくれたのは、オレ達のソウル滞在が終わる4日前だった。


 やっと食事にこぎつけたものの、そういうところで応用力のないオレは、デートコースとして有名なオシャレなフレンチに誘ったんだ。ただでさえ、やっとOKしても らった彼女との食事で緊張している上に、高級レストランの堅苦しさからのダブルの緊張状態で、正直何を食べても深い味わいを感じられないし、話も弾まない。おまけにシンプルだけどシルエットのキレイなワンピース姿の彼女の凛とした美しさにも見惚れてしまって…。お世辞にもスマートなデートと言う訳にはいかなかった。

 それでも、何とか食事の後、もう少し話したくて誘った夜景の見えるジャズバーで、彼女がオレに言ったんだ。

 「今日は私のために、時間と高いお金を使ってくれてありがとう。食事の後、部屋が取ってあるんだ、なんてバカなこと言わなかったし、このバーも気に入ったから、仮合格にしてあげる。次にソウルに来ることがあったら、また誘って。仮カレのソンハ。」

 そう、仮カレ。それからもう1年経ち、身体の関係ができてからだって半年以上になるのに、オレはそこから本物の彼氏に昇格させてもらっていないんだ。ソウルと東京の遠距離恋愛な上に、この稼業だ。オレがソウルに仕事で行った時か、彼女の東京出張の時にタイミングが合えば、というぐらいしか直接会うことはできない。それでも月に3~4回程度になっているのは、オレが必死に時間を作っているからだ。シンメのグァンヨンは、そんな必死なオレを応援し、何かと協力してくれる。それもあっての今がある。

 今日は、彼女が東京出張で、たまたまオレ一人になるのがわかっていたから、夜遅くの帰宅だけれど、寮に来れるようなら来て欲しい、と連絡してあった。合い鍵はずいぶん昔に渡し済みだから、彼女は先に着いて中で待っていたんだ。とりあえず、オレに会いたい気持ちはあるんだ、とちょっとホッとし、でも、いつになったら仮カレでなくなるのか、とくすぶる気持ちも無くは無い。

 この曖昧な関係を、どうすればもっと確実なものにできるんだろう?

 「華、オレはどうしたらいいんだ?」

 オレに運ばれながら熟睡している華にそう愚痴ってみるけど、返事は当然なかった。


 
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