金木犀のエチュード──あなたしか見えない
「君は本当に彼が好きみたいだね」

「今日は本選をただ観にきただけではないんですよね」

「まあね」

「詩月くんの本気の演奏をとくと堪能するといいわ」

「ああ、楽しみだよ」

わたしがコンクール会場の1室に向かおうとすると、男性が「ちょっと、君」と呼び止めた。

「名刺を渡しておくよ。ホームページを見て興味が沸いたら連絡してきてよ」

男性は言いながら、名刺を差し出した。

「ジョニーズ事務所、ミュージックプロデューサー……そうね、気が向いたら」

芸能事務所のミュージックプロデューサーとクラシック、何だかピンと来ず、曖昧な返事で受け流した。

「彼、また来ているのね。周桜くんのこと色々と探って回っているみたいだけど」

志津子が小声で、男性を振り返って見ながら言う。

「学長とも話をしていたらしいし」

志津子は席に座ってからも、男性の動向の噂を話した。
< 111 / 128 >

この作品をシェア

pagetop