金木犀のエチュード──あなたしか見えない
弾き始めた瞬間、息を飲んだ。

「あ――」

明らかに他の弔問客の演奏と違っていた。

全身に鳥肌が立ち、背筋が凍った。

ノスタルジックな旋律、繊細な音色、胸の奥が熱くなった。

優しさと暖かさが部屋ごと、身体を包みこむ。

祖母の会腕に抱かれているような温もりを感じる。

生前に祖母が話してくれたことがある。

――小百合、詩月はチャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」を弾いたらピカイチよ。彼の右に出る弾き手はいないわ

祖母の訃報に駆けつけた幾人もの弟子が繰り返し奏でた曲から、今さら哀惜の念が伝わってくるとは思わなかった。

目頭を押さえ泣くまいとするのに、涙が溢れてくる。

祖母の死を悼み、心血を注ぎ奏でられるヴァイオリンの調べに涙が止まらなかった。

――お婆ちゃま自慢のヴァイオリ二スト……何て情熱的な音を出すんだろう
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