うっせえよ!
ならばと今度は、誠司さんの短編の構想を練ることにした。
あれだけの仕打ちを受けても、書き続けなければ、私なんてすぐに忘れられる。形に残るものを作ったとしても、それが人の心の中にまで残るかどうかはわからない。
事実、大ベストセラーを記録した「エゴイスト」も今では、古本屋で100円ほどで買える。「耳」まであって、これじゃまるで、私に対する当てつけとしか思えない。だからと言って抗議なんてできない。虚しさが増すだけだ。
そうだ。誠司さんをモデルに書いてやろう。
意地悪な上司が部下に恨みを買って、殺される話にしよう。
月並みな設定だが、モノローグでカバーできる。誠司さんも言っていた通り、私の読者はドロドロと暗い、人生をなめ切ったようなモノローグがウケるのだ。
書き出しはスムーズだった。主人公に自己陶酔するようにスラスラ書けた。両親からプレゼントされて、初めて万年筆で自分の名前を書いた時のような感覚。引っ掛かりがなく、なめらかで、書き終えた字は熟成されたワインを彷彿とさせるものがある。
しかし、上司の描写になると、インク溜まりができた。20本入りで100円のボールペンで書くように、線が途切れるのだ。
どこかこの上司が憎めない。それどころか、誠司さんを見たまま描写していて、それが私の理想の男性像にどんどん近づいていく。
まさか……誠司さんは私の理想の……。
「ンなわけあるか!」
私はキーボードを打つ手を止めて、保存をしないで電源を落とした。きっと酔っているせいだろう。疲れているのだ、きっと。
ベッドに入ったのは3時過ぎだった。シャワーは朝浴びればいい。着替えずに、靴下だけ脱いで眠った。