愛すれど…愛ゆえに…
14、ひとつの恋の終わり

それから、空しく時は過ぎ、
変わりない日常を過ごしているけれど、
相変わらず姫からも連絡はない。
そして、ニキさんからも。
自転車も買った。
やっと通勤が一人になった。
そして、心機一転。
年長クラスの担任にもなって気を引き締めて新学期を迎える。
だけど……
本当の私は悶々と割り切れない気持ちを抱えたまま、
甘い春の空気漂う4月を迎えていた。
仕事帰り、久しぶりにあの土手を通って帰る。
するとあの時のように、変わらない彼がいた。


(東京、荒川河川敷)


私は自転車を押しながら彼の居る場所にゆっくり近付いた。
そして動揺を隠しながら彼に近寄って、
声と表情を強張らせ挨拶をした。
冬季也さんは優しい眼差しで迎え、
いつものようににっこり微笑む。
この笑顔が眩しい。


冬季也「やぁ!伊吹ちゃん、おかえり!」
伊吹 「冬季也さん……ただいま。
   お久しぶりです」
冬季也「久しぶりだね。今帰り?」
伊吹 「はい。あ、あの、今日もいいの撮れてます?」
冬季也「うん!撮影できたよ。
   実は今日、コチドリとオオヨシキリの撮影ができたんだ。
   ほら、モニターを見てごらん」
伊吹 「わぁー。かわいい。綺麗に撮れてますね」
冬季也「ああ!
   久しぶりに『ギョギョシ、ギョギョシ』って、
   賑やかな声が聞こえて、視線を向けるといるもんなぁ。
   もう興奮しちゃってさ。
   無我夢中でシャッター切ったよ」
伊吹 「もう、冬季也さんったら(笑)
   相変わらず子供みたいですね」   
冬季也「そうだな(笑)
   野鳥を追っかけてる時は童心に帰っちゃうよな。
   僕、この野鳥が好きでね。
   姿もだけど習性もなんだか憧れるっていうか」
伊吹 「えっ?野鳥に憧れる、ですか?
   なんだか変わってて面白いですね」
冬季也「そう?オオヨシキリってさ、
   アシの茎の中におわん型の巣を作るんだけど、
   こいつらは一夫多妻の習性を持っているんだ。
   それに、カッコウに託卵させる鳥でよく知られてるんだよ」
伊吹 「えっ!托卵って。
   仮親に育てさせるってことですよね」
冬季也「そうだよ。よその鳥の巣に卵を産みこんで、
   その後の世話をその巣の親鳥にまかせてしまうという鳥の習性」
伊吹 「えーっ。それのどこが憧れなんですか?」
冬季也「そんな大胆なこと、僕にはできないからね。
   奥さんが複数いて、見も知らない人に子育てさせるなんて。
   一度はやってみたいっていうか、願望だな(笑)
   身勝手な男の言い分かもしれないけど」
伊吹 「うふっ(笑)
   なんだか気持ち分からなくはないですけど、
   私はどちらかというと、カッコウに同情します」
冬季也「えっ。どうしてだい?」
伊吹 「自分の巣に産んだはずがない卵があっても、
   疑いもせずに律儀に育てちゃうなんて。
   それって、私がワンルームに戻ると、
   生まれたばかりの赤ん坊がいて、
   何の疑いもなくミルクあげたり、
   おむつ変えるのと同じことですよね。
   考えたらぞっとするし、私にはできないもの。
   冬季也さん的にいうとカッコウの習性に憧れる、かしら?」
冬季也「あはははっ(笑)なんだか伊吹ちゃんらしいな。
   でも伊吹ちゃんはカッコウまではいかなくても、
   それに近しい仕事をしてるじゃないか」
伊吹 「それをいったら冬季也さんだってそうですよ。
   園児より大学生を教育するほうがぜったい難しいし大変そう」
冬季也「まぁね。どんな仕事でも大変なのは一緒さ」



私と冬季也さんは、夕日の写る荒川を見つめながら、
ゆったりと流れる時間に浸たる。
まるで彼の恋人発言や鴻美さんの存在やなかった、
あのときめきの日々へ戻ったように……



伊吹 「あぁ、そうだ。
   私、冬季也さんに聞きたいことがあるんです」
冬季也「ん。何かな?」
伊吹 「あの日、私が冬季也さんに告白した日。
   私に話したいことがあったんじゃないですか?
   それ、今聞かせてほしいんです」
冬季也「あぁ……そうだね。
   あの騒ぎだったから、きちんと返事をしてなかったね」
伊吹 「はい。あの時のお返事もください」
冬季也「うん。あの時はニキが居たし、
   例の女性もやってきたから言えなかったけど……
   僕には以前、婚約者がいたんだ。
   でも、すごく傷つけてしまって破談になってしまった。
   だから僕は女性を愛する資格のない男だし、
   君の純粋な気持ちに応えられる男じゃないと言いたかったんだ。
   それに今じゃ君にまで、例の女性のことで嫌な思いをさせてる」


西の空に沈むあかだいだい色の太陽をじっと見つめながら、
淡々と話す冬季也さんをみて、私がずっと思い悩んでいたことに、
なにかの答えが得られるような気がした。


伊吹 「そんな。私は大丈夫です。
   冬季也さんは立派な男性ですよ。
   女性を愛する資格のない男性だなんて、
   そんなこと思ったこともありません。
   だって、私が4年間ずっと好きだった素敵な男性ですもの」
冬季也「伊吹ちゃん」
伊吹 「今でも冬季也さんは私の憧れの人です」
冬季也「伊吹ちゃん……ありがとう。
   こんな情けない僕をそんな風に思ってくれて」
伊吹 「嫌だなぁ。ありがとうなんて。
   これからも冬季也ファンは止めませんからね」
冬季也「ああ」
伊吹 「それに……すみません。
   鴻美さん事件があってから、
   実は冬季也さんの婚約者のお話しも、
   今までの経緯もニキさんから聞いたんです」
冬季也「そう」
伊吹 「私、どうしても腑に落ちないんですけど。
   ニキさんのお兄さんをずっとストーカーしてた鴻美さんが、
   どうして冬季也さんに気持ちが傾いてしまったのか。
   鴻美さんが取っている行動をみても、
   ただ一方的にやってくるストーカーとは違う気がするんです。
   もしご迷惑でなければ、
   冬季也さんから詳しい事情を聞かせてほしいんです。
   そしたらこの問題も、
   解決の糸口があるかもしれないと思うんですよね」
冬季也「そうだね……」


私のストレートな質問に、冬季也さんは口籠っていたけれど、
視線をそらさない私を見て観念したように徐に話し出した。
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