愛すれど…愛ゆえに…

冬季也「それはね、
   彼女ははじめはストーカーではなかったからだよ」
伊吹 「はい?」
冬季也「ごく普通の素朴な女性だった」
伊吹 「そんな彼女が何故あんなに豹変を?」
冬季也「僕の親友の翔琉(かける)。
   ニキの兄貴ね。
   鴻美さんはあいつが軽い気持ちで声をかけた女性なんだ」
伊吹 「えっ……
   でも、ニキさんのお兄さんには恋人がいたんですよね」
冬季也「そうだよ。
   彼女は翔琉の会社でアルバイトしてた子で、
   二か月毎日電話で話し、食事もしてた。
   僕が翔琉から鴻美さんの存在を聞いたのはずいぶん後だったけど」
伊吹 「ということは、翔琉さんは鴻美さんに心変わりを?」
冬季也「いや。翔琉は恋人の桜さんを愛してたから」
伊吹 「えっ」   
冬季也「翔琉の誕生日の夜、二人は仕事帰りに食事をして、
   その帰り道、鴻美さんは翔琉に告白しプレゼントを渡した。
   翔琉は彼女の質問に恋人は居ないと告げて、
   一晩関係をもったんだ。
   だけど翌日に、突然別れを切り出して関係を終わらせた」
伊吹 「えっ!?」
冬季也「彼女は、本気であいつを好きだったから、
   一方的に別れを言われたことをどうしても受け止められなかった。
   会社であいつに詰め寄ったことで、
   上司にバレて彼女は会社を辞めさせられた。
   女性の君たちからしたら、翔琉のしたことは酷いと思うだろう」
伊吹 「え、ええ。確かに酷いですよね。
   ウソをついて鴻美さんを騙して、
   抱くだけ抱いて捨てたってことですもの」
冬季也「そうなんだ。
   それで僕が鴻美さんの相談に乗ったんだ。
   翔琉に連絡してもまったく取り合ってくれず、
   思い悩んだ彼女が、僕のところに泣きながらきたんだよ」
伊吹 「そうでしたか……
   そんな身勝手で理不尽なことされたら、
   鴻美さんからすれば、心のやり場がないですよ。
   どうしてそんなに愛してる恋人がいるのに、
   別の女性を抱けるんでしょうか。
   まるで何もなかったように、簡単に捨てることができるの。
   純粋に彼を信じた彼女の心をなんだと思ってるの……
   私にはまったく理解できないです」
冬季也「僕もその事実を知って翔琉を責めたよ。
   あいつにはあいつの言い分もあったようだけど、
   桜さんを傷つけて、鴻美さんの気持ちも踏みにじったわけだから、
   親友のしたこととはいえ、僕も許せなかった。
   鴻美さんもいろいろ話をするうちに、
   少しずつ穏やかになってたんだが、
   翔琉の結婚が決まったことを知った時から彼女は徐々に変わった。
   諦めて別の恋を探したほうがいいと説得したんだけど、
   僕の家を訪ねてきたときに、
   僕にも婚約者がいることを知ったんだ。
   それで僕と彼女の居る前で暴れて、ナイフを」
伊吹 「えっ」
冬季也「搬送された病院で彼女に言われるがまま、
   僕は責任をとると言った。
   彼女の中でいろんな感情が膨らんで、
   復讐心まで芽生えさせたのかもしれないな……」
伊吹 「そうだったんですか……
   そんな大変なことが起きてたんですね。
   愛情が恨みに変わるのも分かる気がする。
   責任を取るって、冬季也さんも鴻美さんを抱いたんですか?」
冬季也「いや。手は出してない。
   慰めはしたが彼女に触れてはいない」
伊吹 「それなのに、冬季也さんは鴻美さんを彼女にすると?
   それは、自殺に追い込んだことに対する責任からですか」
冬季也「まぁ、そんなところだね」
伊吹 「彼女を愛してもいないのに、いきなり恋人ですか」
冬季也「……」
伊吹 「それは冬季也さんも翔琉さんと同罪です。
   冬季也さんの度を超えた優しさは時に大きな罪になります」
冬季也「そうだよね。君の言うとおりかもしれない」
伊吹 「私に話してくれたこと、ニキさんは?」
冬季也「もちろん、全部知ってる」
伊吹 「そうですか。
   でも、ニキさんはこのきっかけを知ってるのに、
   鴻美さんのことを諸悪の根源で怖い女だと言ってます」
冬季也「それは、翔琉の恋人の桜さんを苦しめたからだよ。
   ニキは兄貴のしたことは許してないんだ。
   このことがあってから、あの兄弟は仲が悪い。
   あいつは桜さんに可愛がってもらってたから、
   桜さんを苦しめて病気にさせてしまった彼女が許せないんだよ。   
   だからニキは僕にいつも言うんだ。
   兄貴を庇って自分の幸せを駄目にしてるって」
伊吹 「それでニキさんはあんなこと言ったんだ……」


思い出した。
鴻美さんから走って逃げて、
初めてニキさんのマンションにいったあの日。
鴻美さんを恋人だと言った冬季也さんに、
不機嫌そうな口調で言った言葉を。



伊吹 「冬季也さん、教えてくれてありがとうございました。
   言いにくいことまで話させてしまってごめんなさい」
冬季也「いや。こちらこそ、
   伊吹ちゃんの気持ちに応えられなくて申し訳ない。
   それに、鴻美さんのことで君にまで辛い思いをさせてしまった」
伊吹 「もう。辛い思いなんてしてませんよ。
   確かに始めはちょっと怖かったですけど、
   鴻美さんのことも少し分かったから、
   これからは違った見方ができるし。
   お話しが聞けたお蔭で、
   もやもやしていた胸の閊えが取れたみたいに、
   なんだかわからないけど、今はすっきりしてますよ」
冬季也「そうか。それなら話して良かった」
伊吹 「それに……何より冬季也さんが鴻美さんと何もなくて良かった」
冬季也「うん。僕は翔琉のように器用にはできない」
伊吹 「あっ。それでさっきオオヨシキリの話ししました?(笑)」
冬季也「いや、そんな意味でいったんじゃないよ」
伊吹 「冬季也さんが鴻美さんにやってたことは、
   カッコウに似てます」
冬季也「そうかなぁ」
伊吹 「はい。翔琉さんがこっそり置いていった問題を、
   冬季也さんが温めようとしてた。
   決して育つはずのない卵なのに」
冬季也「育つはずのない卵か。
   そうかもしれないな……
   伊吹ちゃんに好きだと言ってもらえてよかったよ。
   こうやってほんのひとときでも、まともな男としていられる」
伊吹 「もう。冬季也さんはまともな男性ですよ」
冬季也「ありがとう。伊吹ちゃん」


私の“好きです”宣言は、冬季也さんから聞いた事実で終止符を打てた。
ひとつの恋のおわり。
それは、もじもじと考えるばかりで先に進められなかった、
私の臆病な心を後押ししてくれたのだ。
気がつけば、辺りはオレンジからパープルに変わり薄暗くなっている。
あちこちに小さな灯りがともり、道路に光が流れ始めた。
鳥が戯れ揺れていた水面も、
ダークなミッドナイトブルーに変わり静寂が訪れる。
そこに、黒い影がゆっくり静かに近づいてきて、
私たちの視界に入ってきた。
冬季也さんと私は、人の気配を感じて振り返り、
その人を見て私は驚き、
焦りから急に言葉を無くし呆然と立ち尽くす。


冬季也「おお。ニキ、お疲れ。遅かったな」
向琉 「あれ、先輩まだここにいた、んですか。
   伊吹さん……」
伊吹 「ニキさん……」

(続く)
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