『ココロ彩る恋』を貴方と……
「逃げないでくれ……」


幼い子供のように願い、擦り寄ってきた瞬間、頬にキスを落とされた。

お餅のような柔らかさが一瞬ペタッと頬にくっ付いたと思ったら、スタンプのように何度か続く。



「あ…あの……」


これはセクハラってやつ!?
それで無ければ何!?


「ちょ、ちょっと、待って!!」


押し離すようにして間を空ける。
ぼぅっとしている兵藤さんは、今だにわたしだと気づけてないようだった。


「何すんですか!もうっ!!」


怒り口調で訴えた途端に意識が戻ってきたらしい。
ボンヤリとしていた眼差しに力が戻り、あっ…と大きく口が開いた。


「俺、何かした……?」


「今更ながらにそれですか!?」


頬だけでなく、多分髪の毛にもキスしましたよ…とは、わたしの口からは言い出せる勇気もなく。だから……


「胸に手を当てて考えてみて下さい!!」


言い捨てるようにしてその場を走り去った。

握っていた新聞記事に気がつき、足を止めたのはキッチンの前に着いた時だ。


「あ…卵焼きの味付け……」


聞くのを忘れたけど、もうそんなのどうでもいい。
今はこの胸のドキドキをとにかく先に静めなければいけない。



「何だったのよ、あれ……」


寝ぼけたにしてはタチが悪い。
こんなにハッキリと唇の感触を残すなんてあり得ない。


< 10 / 260 >

この作品をシェア

pagetop