『ココロ彩る恋』を貴方と……
「お礼だけ言って帰ろう。明日は早目に来ますからと断っておけばいい」


ぎゅっと唇を噛みしめて仕事部屋に向かう。心中は穏やかじゃないけど、そこは仕方なく諦めよう。

渡り廊下を過ぎ、ガラス戸の所まで来るとスーッと息を吸い込んだ。ハーッと吐き捨て、取っ手に指を引っ掛ける。


「よしっ、行こう!」


ガラリと音を立てて入った。音を立てれば、兵藤さんが出てくるんじゃないかと思ったけれど。


「……出てこないか」


期待空しくスリッパを脱いだ。

思っていた通りに兵藤さんのスリッパも置かれてあったから、中にいることは一目瞭然だ。

玄関口から中の作業室を眺める。

こっちに向いている人が木板を持ち、立っているのが見えた。

丁度、版画を下絵に乗せようとしているらしく、気の張った顔つきをしている。



(真剣そう)


思わずこっちも緊張してしまった。

今、声をかけるのもいけないと思い、その場に立ち竦んで作業を見つめる。


兵藤さんの目は、紙の上に釘付けにされていた。

狙い通りの場所に木板を下ろし、その上から竹皮を張った重石のようなもので押さえつけていく。

紙がズレないよう丁寧に、中央から外側に向かって螺旋を描きながら動かす。

その動作の早いことと言ったら驚いた。

体全体を使って動かしているのを見つめながら、ハイレベルな芸術家の彼を認識していた。


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