memory refusal,memory violence

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 綾香と話をした日から数日後、僕は送葉(仮)さんに返事を出しに行くことにした。午前中に「たより」でのバイトを終え、一度家に帰り、机の引き出しにしまった便箋を取り出す。郵送できれば楽なのだが、生憎、送葉(仮)さんから送られてきた葉書には僕の住所しか書かれていない。送葉(仮)さんに返事を届けるには送葉の墓に行く以外の手段はない。返事を待つ旨は葉書に記されていたので、きっと、前と同じように送葉の墓に置いて来れば送葉(仮)さんは手紙を受け取ってくれるだろう。あまり送葉の墓をポストのように使うのは気が進まないのだが、今はこれしか方法がないので仕方がない。

 車に乗り込み、行き先をナビに残された履歴から設定して車を発進させる。

 送葉の墓に行くのは送葉に手紙を出しに行った時以来、二度目だ。心中は前に比べるとだいぶ穏やかである。僕なりに送葉の死を受け入れられつつあるようだと何度目かの実感をした。それでも、送葉の墓に向かうべく車を走らせている間は送葉の事を考えていることが圧倒的に多く、悲しい、寂しいと感じることも度々あるのだが、ラジオから流れてくる音楽を口ずさむことで誤魔化すくらいの事はできた。

 途中で前回持って行き忘れた線香と供花を購入する。

 前回に比べ、随分と早く着きそうだ。道が混んでいないということもあるが、今回は前に比べて休憩が少ない。

 昼過ぎに家を出て、夕方四時半頃には送葉の墓に着いた。到着時刻は前回と同じくらいだ。

 墓地の隅に車を停めて供花と線香、そして送葉(仮)さんに宛てた手紙を持って送葉の墓に向かう。今日も、墓地には誰もいないようだ。

 送葉の墓は前回と変わらずとても綺麗に手入れされている。元々新しい墓石ではあったが、きちんと掃除されているのが見てすぐにわかった。

「久しぶり」

 送葉に挨拶をする。返事はもちろん返ってこない。

 送葉の墓には沢山の花が供えられていた。僕は既に供えられた花に、自分の持ってきた花を加えていく。僕が持ってきた花を全て入れ終わると、花立筒は溢れそうなほどいっぱいになった。墓石に落ちた花粉を手で払う。花粉が鼻孔を擽り、くしゃみが出た。

 鼻を啜りながら線香に火をつける。すると、今度は線香の煙が鼻孔を擽りくしゃみが出た。

 なんだか送葉に見られているような気がして恥ずかしくなる。

「こういうの慣れてないんだ」

 僕は墓石に向かって言い訳をしながら、線香を供えて手を合わせる。

「近況報告。涼人は相変わらず単位取得に奔走してる。あいつの事だからどうせギリギリで留年は免れると思うよ。追い込まれるところまで追い込まれたら本気出すタイプなんだ。それと、送葉が描いてた部屋の絵を乃風さんに貰った。大事にするよ。それで絵の事なんだけど、乃風さんが送葉の絵のレプリカ……乃風さんなりの完成形を描いたんだけど、それが今『たより』っていう僕と乃風さんのバイト先の喫茶店に飾ってあるんだ。一緒に行ったことあるよね。あそこ。それで絵なんだけど、やっぱり上手いよ。僕には送葉と乃風さんの絵の違いがよくわからなかったけどね。送葉が描いた方の絵なんだけど、右下の空白に送葉が何を描くつもりだったのかは僕にはわからない。けど、送葉なりのメッセージが描かれる予定だったと思うんだ。だからゆっくり調べていこうと思う。いいよね? たとえ僕に向けらた物でなかったとしても、僕が知りたいんだ。
あと、ちょっと前に綾香に会ったよ。送葉の葬式以降会ってなかったんだ。ちょっと気まずくってさ。最初はいつもの元気がなかったんだけど、もう大丈夫だと思う。これからも友達として仲良くしていくよ。
え~っと、最後に僕の事。僕はそれなりに元気でやってる。送葉がいないのはやっぱり寂しいんだけど、新しい普通に慣れてきつつある。さっきも言ったけどバイトもまた始めたし。だからもう心配いらないよ。前に来たときみたいな情けない顔はもうしないで済みそうだから。以上、近況報告終わり。あとは……」
 
 僕は合掌を解く。

「今日は手紙書いてきたんだけど、送葉に書いてきた手紙じゃないんだ。送葉(仮)さんって人なんだけど、本名は分からない。顔も知らない。僕が知っている人かもしれないし、僕の知らない人かもしれない。葉書を送ってきたんだから、送葉(仮)さんが僕の事をある程度か、それ以上知っているということなんだろうけど……。送葉は送葉(仮)さんが誰か知ってるよね? 送葉(仮)さんが誰なのか教えてくれないかな?」

 当然、返事はない。

「送葉(仮)さんに返事を届けるには、送葉のお墓に手紙を置いてくしかないんだ。だからごめん。ここに送葉(仮)さんへの手紙置いてくね」

 僕は納骨室を開ける。やはり、僕が前に書いた手紙はなくなっていた。あるのは送葉の骨壺だけ。骨壺の前に手紙を置き、「邪魔してごめん」ともう一度送葉に謝る。そして、納骨室の扉を閉めようとしたその時だった。

「伝達さん」

 後方から僕を呼ぶ声がした。
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