memory refusal,memory violence

裏切り心中

 次にお兄ちゃんを見たのは、お兄ちゃんが四葉から出ていった半年後、病院の霊安室だった。いくら探しても見つからなかったお兄ちゃんは、胸元を赤く染め、永遠の眠りについた状態で突然私の元に姿を現した。隣には同じ理由で横たわる元母親もいた。

 「おそらく心中でしょう」と病院の関係者は私と今村さんに告げた。今村さんはそう聞くなり私を抱きしめ、泣き喚いた。でも、私は泣くことが出来なかった。自分でも意外だった。こういう時はもっと悲しくてどうしようもなくなるものだと思っていた。あんなに好きだったお兄ちゃんが憎き元母親と一緒に死んだというのに、その時の私は悲しいという感情をうまく抱くことが出来なかった。むしろ、今村さんがどうしてこんなに悲しそうに泣けるのか疑問だった。

 私は今村さんに抱きしめられながら貧相な台の上に横たわるお兄ちゃんを見つめる。こんな時、どんな反応をすれば正解なのだろう、死んだ人間にどんな言葉をかければ正解なのだろうと答えを探した。泣けばいいのだろうか。放心状態になったフリでもすればいいのだろうか。それとも自殺したことに対して怒ればいいのだろうか。隣に横たわる元母親にあたり散らせばいいのだろうか。

 いろいろ考えてみたものの、どれもする気になれなかった。出来そうもなかったというのが正しいのかもしれない。

 自ら命を絶った人間に掛ける言葉に悩むなんてバカバカしい。いい加減自分に素直になろう。そう思い、私は心のフィルターを外す。

「ざまあみろ」

 誰かが小さな声でそう囁いた気がした。でも、今村さんが私を抱きしめる腕を緩め、目を見開き、驚いたような様子で私を見つめるのを見て、自分が放った言葉なのだと気づいた。自分でも衝撃的な言葉が出たなと思った。

「何を……言っているの……」

 今村さんは現状を飲み込むことが出来ないといった様子で、表情を固めて恐る恐るといった様子で私に言う。私はそんな今村さんを無視して霊安室から出た。出た言葉を撤回しようとは思わなかった。

 どうやら私はこの半年間で知らず知らずのうちにお兄ちゃんに対しても恨みを抱いていたらしい。そんなことを病院のロビーに置いてある椅子に座りながらしばらく考えていた。

 それもそうだろうと自分の中で納得する。お兄ちゃんが見つからない間は無意識のうちに考えないようにしていたが、お兄ちゃんも元母親と同様、私を捨てたのだ。考えてみれば素直に悲しめるはずもない。「ざまあみろ」なんて卑劣な言葉が出るのも当然なような気がした。

 そんな考え方をしていると思考の偏りは日に日に歯止めが利かなくなっていった。捨てられた人の気持ちを知っている上で私を捨てたお兄ちゃんは、元母親、父親よりも罪が大きいとまで考えるようになった。死んで当然。そう思うことで、私は私を庇った。
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