memory refusal,memory violence

失踪


 お兄ちゃんと二度目の話し合いをして以降、私は今まで以上にお兄ちゃんに注意を払うようになった。いや、自然と目がそちらを追うようになったというのが正確かもしれない。そのため、お兄ちゃんと目が合うこともしばしばあったが、その都度、私はすぐに目を逸らした。見張っているということは既にばれているだろうから気にしなかったが、私がお兄ちゃんと目を合わせたくなかった。特に意識しているわけではなかったのだけど、それによってお兄ちゃんに気にしてもらえたらいいとどこかで思っていたのかもしれない。

 けど、お兄ちゃんは私の行動など全然意識しているそぶりは見せず、普段通りの生活を続けているように見えた。

 お兄ちゃんは今も元母親と直接会ったり、手紙のやりとりをやっているのだろう。でも、そこまで目を光らせて踏み込むことは、したくても私にはできない。

 お兄ちゃんは二週間に一度、元母親と会っていると言ったが、具体的な曜日などは教えてくれなかった。そもそも、お兄ちゃんが今通っている高校はバスで一時間かかるところにあって、四葉があるところに比べれば街といえる場所にある。何処で会っているのかもわからない。私の中学はお兄ちゃんの通う高校と逆方向にあるため、学校帰りに見張るというのも現実的ではない。お兄ちゃんがいない間にお兄ちゃんの部屋に忍び込み、机にしまってある手紙を勝手に読み漁ってもみたが、手掛かりになるようなことは書いておらず、ただただ苛立ちが増すだけだった。

 私が学校をサボるというのも得策ではないだろう。長くて二週間サボらなくてはいけない。場合によってはそれ以上になるかもしれない。無断で学校をサボれば、当たり前だが学校から四葉に連絡が入る。私とお兄ちゃんの関係があまり良くないことはすでに四葉にいる人の大半が気付いているだろう。ここで何かと怪しまれたくない。四葉に頼るのは最終手段だ。出来ることなら私がお兄ちゃんを引き止めたい。

 ならば、お兄ちゃんを騙して気が変わったフリをするのはどうかと思ったが、今更お兄ちゃんに着いていくといったところで元母親をお兄ちゃんの前で全否定しまった手前、着いていくことを許されるとは思えない。

 それに、私はあの女の顔など見たくない。当時は優しくていい母親だと疑わなかったあの微笑む顔を思い浮かると、頭痛と吐き気に襲われる。手紙を読むだけでもそうだったのだ、直接会ったら正気を保ってはいられる自信がない。私はあの人など死んでしまえばいいと思っている人間だ。元父親も同様にそう思っているが、もしかしたら私たちに暴力を振るった元父親よりも恨みはでかいかもしれない。元母親と元父親がどのような経緯で別れることになったのか、詳しいことは知らないし、今更知りたいとも思わないが、何も言わずに私たち兄妹の前から消えた、それだけで私の中では法律が持つ効力を遥かに超える重罪だ。許す余地がない人をどう裁けば免罪にできるというのだろうか。私はお兄ちゃんと私が持つそれぞれ法典の違いをどうしても理解できなかった。

 そして、そんなことに悩んでいたことが間違いだったのだろう。悩んでいる暇があれば監禁でも何でもしておけばよかったんだと思う。警戒していただけで隙を作り過ぎた。詰めが甘かった。あの時ほど自分の事を馬鹿だと思ったことはない。もっと大胆にお兄ちゃんを束縛していれば、お兄ちゃんに対してあんな感情を抱かないで済んだのではないかと私は後になって後悔することになる。

 お兄ちゃんは姿を消した。出ていくとは言っていたが、まるであの時の元母親のように私の前から音もなくいなくなってしまった。
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