memory refusal,memory violence

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 旅館で自然の恵みをふんだんに使用した料理を食べ、温泉を満喫した後、部屋に戻ると仲居によるありがたい配慮により無駄に二つの布団が近づけられていた。つまり、そう言うことである。

 そしてその配慮を無碍にすることなく送葉とやるべきことを済ます。野暮なことは割愛する。

 そして、やることをやった後、送葉は立ち上がり、はだけた浴衣を整える。

 窓を開け放ち、外を眺める送葉の黒髪がふわりとなびき、月明かりに当てられた黒髪がキラキラと輝いて見える。やっぱり、彼女はとても絵になる。

「送葉」

 僕はそんな送葉に見惚れつつ声を掛ける。送葉が振り返る。

「はい、もう一回ですか?」

「違うよ」

「違うんですか」

「ま、まぁその話は置いといてさ」

「はい、何でしょう」

「送葉はさ、これから何かしたいことある?」

 僕も立ち上がり、送葉の元に寄って一緒に外を眺める。川のせせらぎが鼓膜に心地良く響く。

 僕の就活が自分の思っていたより長引いてしまったため、今日まであまり送葉に構ってあげられなかった。だから、これからは卒論をやりつつも、送葉との時間を大切にしたい。

「私にそんな恥ずかしいこと言わせるんですか?」

 送葉は手の平を自分の頬に当てて照れる、フリをする。

「だから違うって。分かってるくせに」

「ちょっとお茶目をしてみました。そうですね~研究とか実験を本格的に始めたいですね。時間は刻々と迫ってきているので」

 見当違いな回答が返ってきたが、『時間が迫ってきている』というフレーズが引っ掛かり、僕はそのまま話を送葉に合わせる。

「時間が迫ってきてる? 課題でもあるの?」

「そうですね。再来年の四月四日までにやらなくてはいけない事です」

「随分と時間があるな……。それとも大学でする研究って大体そういうものなの?」

「まぁスケールの大きい実験なんです」

「へぇ~。心理学はほとんど分かんないけどけど、どんな実験なの? 僕は文学部だからよく分からないや」

「知りたいですか?」

「そんな大がかりなことならちょっと気になる」

「私がしなければいけない実験はですね――」

 外を眺めていた送葉が僕の方へ顔の向きを変える。送葉の視線が僕の目を捉える。不意に向けられた慈愛に満ちたようにも、哀愁に満ちたようにもとれるその目に僕は釘付けになり、思わず喉を鳴らす。

 そんな僕を見て送葉はいつものように麗しく微笑み、そして、これから始める実験を告げる。

「運命を変える実験です」





The (Experiment) End
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