memory refusal,memory violence
エピローグ:実験結果

運命

 僕と送葉が付き合い始めて半年が経った。僕は大学近くの企業になんとか就職を決め、今は卒業論文を執筆する日々である。送葉はと言うと、心理学部を首席で合格しただけの事はあり、余裕で単位を取得しており、これからが大いに期待されている。噂によれば誰かの再来と言われていたりするらしい。

 そんな僕と送葉は今、初めての旅行に来ている。旅行といっても、送葉にとっては近くの旅館に泊まるという事以外では帰省に近い。彼女の家に泊まるという選択肢はなかった。彼女の事情についてはもう聞かされている。

「ここからの景色が私はとても好きなんです」

 寂れた鉄橋の真ん中で送葉が夕日を眺めながら言った。どこからか『夕焼け小焼け』が聞こえてくる。

「確かに綺麗だ」

 烏が鳴きながら山に帰ってきている。

 橋の下から渓声が聞こえる。

 夏の風が山の木々を揺らし、茂った葉たちは蜩(ひぐらし)と共に爽やかな音色を奏でる。

 もうしばらくは沈みそうもない太陽が僕と送葉の背中を照らしている。

 僕達の背後からはオレンジ色の空がじわじわと迫ってきている。
 
 月と星はまだ見えない。
 
 初めて来たはずなのにどこか懐かしさを感じる田舎や自然の風景が目の前に広がっている。不思議なことだが、彼女と出会ってからこんな風に不思議な懐かしさを感じることが結構ある。

「これを伝達さんに見せたかったんです」

 今回の旅行は送葉の意向でここに決まった。なぜ自分が育った町をわざわざ旅行先に選んだのか不思議だったのだが、それが今解決されたような気がする。確かに絵になる景色だ。

 送葉が僕の手を握ってきた。初めてなわけではないのに、小さくて柔らかい、女の子らしい手に僕は今でもドギマギしてしまう。

「伝達さん」

「ん?」

「実は伝達さんにもう一つ見せたいものがあるんです」

「何?」

「こっちです」

 そう言うと送葉さんは僕の手を引いて少し歩いたところで足を止めた。

「これです」

 空いている方の手で送葉は橋の手摺を指さした。

「これって……」

 そこには僕と送葉の名前が入った相合傘が掘られていた。掘られて時間が経っているのだろうか。掘られた傘は茶色く錆びてしまっている。

「もちろん、私と伝達さんが出会う前からあったものです」

「じゃあ、これを見て送葉は僕に運命を感じたの?」

「それもあります。初めて会ったときに鈍感といったことは謝ります」

「別に根に持ってないよ」

「伝達さん」

「何?」

「運命を感じませんか?」

 照れくさいのか、少し顔を紅く染め、上目づかいで送葉は僕の目を覗く。それがとても愛おしくて、僕は返事をする代わりに彼女の痩躯を思いっきり抱きしめた。「痛いです」と言いつつも送葉は僕の背中に腕を回してくる。

 全身に伝わる温もりを感じつつ、僕は今、確かに運命を感じていた。
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