ラティアの月光宝花
……カリム皇帝と結婚なんて事にならなくて良かった。

だけどイシード帝国を敵に回すなんて、これから先、一体どうなるのかしら。

セシーリアは誕生大祭典の初日、この部屋でマルケルスの言った言葉を思い返した。

『 カリムは王位簒奪(さんだつ)者だ。恐らくこのラティア帝国とセシーリアを自分の眼で見に来たんだろう。ああいう種類の男は他人なんか信用しないからな。我が国王に打診する気でいるんだろうよ。撥ね付けたら何をするかわからない男だ』

……怖い。

無性に胸騒ぎがして、セシーリアは寝台から身を起こした。

オリビエ……オリビエに会いたい。

それにみんなにも。独りでいたくない。

嫌な予感が胸の中を霧のように広がり、隙間なく埋め尽くした。

行かなきゃ、みんなのところに。

その時だった。

女中達の悲鳴の後、ドタドタと荒い足音が響き、誰かがセシーリアの名を呼んだ。

「セシーリア王女!今すぐお逃げくださいませ!」

ビクッと身体が跳ね、セシーリアは出入り口から外に飛び出す。

見るとそこにはスティーダを手にした一人の兵士が肩で息をしていた。

所々黒く焼け焦げた赤いマントの近衛兵は、悲壮な表情で続ける。

「伝令係の情報です!イシード帝国が国境辺りで兵を挙げました!サージアは恐らく、イシード帝国に寝返った模様!」

な、んですって……!?

「加えて……王の居所が分かりません。思いの外早くサージアの兵に攻め込まれ、混乱して……!」

「お母様は?!お母様は無事なの?!」

セシーリアの母親……ラティア女王はセシーリアを産んでからというもの体調が思わしくなく、何年も城内の別邸で静養していた。

セシーリアに会うのは月に一、二度で、食事を共にするか国の催し物の際にほんの僅かな間、民衆の前にその美しい姿を現すだけだった。

女王の別邸は女中達こそ多いものの、護衛兵の数は知れている。

「アイリス女王はまだ別邸だと思われます。あっ、セシーリア様!お待ちください!そちらは敵兵が……!」

「アメリアを頼むわ!」

待ってなどいられなかった。

それに一体どうしてこんな事になってしまったのかを考える余裕もない。

行かなきゃ。お母様を助けに。

その時、ヨルマがセシーリアに身体を擦り付けた。

それからまるで付いて来いと言わんばかりに出入り口に向かい、彼女を振り返る。

「ヨルマ……ありがとう!」

唇を噛み締めて、セシーリアはヨルマと共にラティア女王の元へ走った。

走りながら思った。これはイシード帝国皇帝であるカリムの怒りなのだと。
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