ラティアの月光宝花
それを見たセシーリアが再びカリムに口を開く。

「皇帝カリムよ。今ここではっきりと申しておく。ラティアがイシード帝国と不可侵条約を結ぶことなど何億年先になろうとありえない。そしてラティアの女王の名に懸けて今ここに宣戦を布告する」

「……」

マントのヒダが数えられるほどの距離で、セシーリアはそう宣言するとカリムを見据えた。

するとセシーリアのその宣言に、カリムの側近が言葉を返す。

「ラティアの女王よ。宣戦布告などご自分の首を絞めるに値する行為ですぞ」

その言葉にセシーリアがニヤリと笑う。

「気付いておられぬようだが……自らお締めになったそちらの首は既に血が通うておらぬのでは?なれど安心召されよ。卑怯な手段でわが父ロー・ラティアの命を奪い、王都を焼いた代償はその血の通うておらぬ皇帝の首一つで免じよう」

言い終えるや否や、セシーリアが愛馬の歩を進めた。

即座に下がっていた側近達がスティーダを構えるが、それを主君であるカリムが止める。

「良く聞くがいい、卑しい簒奪者よ」

セシーリアはカリムのすぐ隣に愛馬シーラを立たせると、低い声で続けた。

「永久不可侵?オリビエと友情が芽生えた?笑わせるな!ラティアはイシードを……お前を信じる日など絶対に来ない。もう二度と我がラティアから一木一草一石とて持ち出すのは許さない。肝に命じておけ!」

セシーリアの震えるような怒りに、カリムの馬が嫌がりながら下がった。

そんな愛馬とは対照的に、カリムは実に落ち着き払った様子でセシーリアを見つめている。

そして片手で手綱を束ね持つと空いた手を伸ばし、カリムは腕に刺さるディーアの矢を掴んで答えた。

「セシーリア女王。俺はもう二度とあなたの国から何も持ち出さないと約束する。これはその証しだ」

言うなりカリムはグッと歯を食いしばると、腕に刺さるディーアの矢を力一杯引き抜いた。

ほとばしる鮮血にセシーリアは思わず眼を見開いたが、カリムは構う事なくその唇に僅かな笑みを浮かべ、矢を差し出す。

「まずはこの矢をお返しする」

「これごときが証となると思うのか?!ならば笑止千万!」

セシーリアは出された矢を奪うように掴むと、カリムを睨み付けて言い放った。

「近い内、必ずお前を殺してやる。覚悟しておけ!」

セシーリアは吐き捨てるようにこう言うと、手綱をさばいて愛馬の頭を返した。

本当は守護神ディーアの弓でカリムの心臓を射抜いてやりたい。

今すぐに。でも。

セシーリアは駆けながら必死に自分に言い聞かせた。

必ずカリムを、イシード帝国を討つ。

必ず!
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