甘い恋じゃなかった。
「嫌だね」
夜。仕事から帰ってきた桐原さんをつかまえて、私はさっそく焼肉の件を打診してみた。だが予想通り即答で断られる。うん、予想通りだ。だから当然次の手は考えてある。
「でもね桐原さん、聞いてください。そこの焼肉、デザートがすごくおいしいって評判なんですよ~」
「…は?」
ピク、とソファに座った桐原さんの眉が動いた。よし、まずまずの反応だ。
私はわざとらしくならないよう、慎重に続ける。
「なんでも専属のパティシエが作ってるらしいんですけど、それはもうおいしい本格派スイーツらしいですよ~?」」
「……たかが焼肉屋のデザートだろうが」
「あれ、そんなこと言っていいんですか?師匠も言ってましたよ?色んなところの、色んなジャンルのスイーツを食べ、触れることが何より大事だって」
本当はそんなこと言っていない。いや、でもきっとどこかで言っていそうな言葉なので嘘ではない(?)。
「焼肉屋のデザートは大したことないなんて先入観はやめた方がいいと思いますけどねぇ~」
桐原さんが顔を歪めて私を見る。
「…お前、ズルいぞ。師匠の名前を出すなんて」
「私も師匠と同じで、桐原さんには成長してほしいと思っているんですよ」
「うぜーな」
ケ、と桐原さんがそっぽを向く。
よし、これはいい雰囲気だ。このまま決まれ、決まってくれ…
「…仕方ねーな。行けばいいんだろ?」
ゴーーーーーールッ!!!
ガッツポーズをする私を冷たい目で見て、桐原さんが立ち上がった。
「言っとくけど俺はデザート食いにいくだけだ。お前のお友達と楽しく会話とか無理だからな」
そして、風呂!と乱暴に吐き捨て脱衣所の扉に消えた。
楽しく会話…安心してください。さすがに桐原さんにそこまでハイレベルなことは求めていません。
ただ私にそうするように莉央に暴言だけは吐かないで欲しい。それだけを神に祈ろう。