甘い恋じゃなかった。
とにもかくにも、助かった…。
ホッと胸を撫で下ろした私を、桐原さんがジットリと睨みつけた。
「あ、桐原さん、ありが…」
私の言葉も最後まで聞かず、立ち去っていこうとする。
…なんかすっごい、怒ってる?
「あ、あの桐原さん、ありがとうございました」
慌てて駆け寄って隣に並んでみるけど、チラリとも私を見てくれない。完全に無視だ。
「あ、あのー、桐原さん?怒ってます…?」
「………」
「もしかしてアレですか?私がお姉ちゃんのフリしたこと怒ってるんですか?そりゃ私はお姉ちゃんほど美人じゃないし彼女だって誤解されて嫌なのかもしれませんけど、でも私の方がまだ逃げ足は速…」
「お前何言ってんの?」
桐原さんが急に足を止めた。
そして眉間に深く皺を刻み私を見下ろす。
「俺こないだからお前が何言ってるのか1ミリも理解できねーんだけど」
「…え…」
「誤解ってなんだよ。何が誤解なんだよ。俺の彼女はお前だろうが」
「っ」
嬉しい。面と向かって“彼女”と言ってもらえてすごく嬉しい。
だけど…でも、桐原さんが今好きなのは。
「無理…しなくていいですよ」
「…は?」
「私分かってますから。桐原さんの気持ち。だから無理せずに、私と…その…別れてください…」
やばい。絶対絶対泣かないつもりだったのに。最後は涙声になってしまった。
ゴホゴホ咳込んで必死にそれを誤魔化す。…誤魔化しきれただろうか?涙目になっているのを見られたくなくて顔を上げられない。
「あの、それじゃ…」
本格的に泣き出してしまう前に立ち去ろうとしたけど
「それじゃ、じゃねーよ」
グイ、と思い切り手首をつかんで引き寄せられた。すぐ目の前に、桐原さんのコックコートが広がる。