すれ違い天使Lovers
掛けがえの無い家族

 一週間後、意識を取り戻すと目の前には驚きの表情を浮かべるミラの顔がある。
(あれ、なんでミラが俺の部屋に入って……)
 呆然とする意識の中で室内を見渡すと、真っ白で広い空間が見て取れ、ここが病院だと推察する。
(そうか、思いだした。俺はリトに斬られて瀕死の状態に。あの状況からどうやって助かったんだ)
 口に被さっている呼吸器を取ろうと右手を上げて激痛が走る。
「痛てえ……」
「玲司、無理するな。まだ万全ではないんだ」
 ミラの声を聞いて腕を見ると、切断面だった場所に包帯がぐるぐる巻きにされているがちゃんと腕が付いている。
(ちゃんと治療してくれたのか。ありがたいな)
 改めてミラを見ると瞳にはうっすら涙が見える。
(ミラが泣いている? 俺にために?)
 見つめ続けているとミラは顔を横に逸らし、そっぽを向く。玲司はその様子を見て声を掛ける。
「ミラ」
「なんだ?」
「ミラが助けに来てくれたのか?」
「私だけじゃない。千尋さんやエレーナ、プリシラも駆けつけての戦いだった」
「リトは?」
「リト? ああ、人間姿の魔王バアルか。千尋さんが斬ったぞ」
「そっか、さすがだな。あっ! 美咲は? 美咲は無事なのか?」
 玲司の質問を受け、ミラは口をぎゅっとつぐんだ後にポツリと漏らす。
「葛城さんは、死んだ」
 ミラの言葉に玲司はショックを受ける。
「バアルからの傷が深すぎたんだ。玲司はいたぶられたように斬られたから助かった。その差だ」
「そんな、せっかく誤解が解けたのに。やっと天使を憎む原因が取り除かれたのに、そんなのあんまりだ……」
 苦しそうな顔をする玲司を見て、ミラも辛そうな顔になる。
「俺、彼女を守れなかった。かっこつけて守るって言ったのに。なんて無力なんだ……」
「玲司、お前はお前に出来る範囲で頑張ったんだ。葛城さんも恨んではしない」
「勝手な言い分だ。俺がもっと強ければこんなことには、クソ!」
 涙を流す玲司の姿がいたたまれず、ミラは席を外す。廊下に出るとちょうど学校帰りの留真と鉢合わせになる。
「ミラさん、玲司は?」
「目を覚ました。だが、自身の弱さを嘆いて枕を濡らしている。今はそっとしておいた方がいい」
「そうですか。うん、ミラさんの言う通り、今は会わない方がいいね。でも、これがきっかけで玲司のヤツ強くなるかもね」
「おそらくな。私が適わないくらいになってくれると肩の荷も下りるんだがな」
「完璧お姉さん目線ですね。玲司が羨ましいですよ」
「どうだろうか。玲司は私を疎んでいるようだしな。まあ、どう思われようが私は玲司を守って行くだけだ。大事な家族だからな」
 ミラから頻繁に語られる家族を守るという思想に触れ、留真は笑顔になる。
「ミラさん、本当に変わったね」
「ん? 私が変わった?」
「うん、特に、玲司がここに入院してからは二十四時間付きっきりで看病してるし、片時も玲司から離れない。病室で玲司を見つめている姿は感動すら覚えるくらい慈愛に満ちて溢れていた。みんなそれを感じ取ったから、付き添いを玲奈さんじゃなくミラさんに一任したんだと思う。たぶん、今頃玲司も気づいていると思うよ。ミラさんが本当に掛けがえの無い家族なんだってことを」
 留真の言葉にミラは心が熱くなって行くのを感じる。
「玲司は、本当に、私を家族と認めてくれているだろうか?」
「認めてるよ。僕が保証する。断言してもいい」
 ミラは不安げな表情で留真を見る。
「あのさ、すぐ側に本人いるんだから聞いてみれば? それが一番手っ取り早いよ」
「えっ、そ、そんな大それた事、聞ける訳がない!」
「大それた事って、それこそ大袈裟な。大丈夫だって」
「仮に聞いたとして、もし拒否されでもしたら私はショックで立ち直れない……」
 純粋無垢なミラの返答を聞いて留真は噴いてしまう。
「ちょ、ミラさん。可愛いすぎ。ホント不器用なんだね。まあ、そこがいい所な気もするけど。とにかく、ミラさんが玲司を大事に思うように、玲司もミラさんのことを大事に思ってることは確実だから、安心していいよ。家族かどうか聞かないまでも、いつか自然と分かる日が来ると思うし」
 留真は悟ったような意見を口にすると、ミラを置いて来た廊下を帰って行く。残されたミラはしばらく外の景色を眺めた後、公衆電話から八神家に玲司の件を報告し病室へと戻る。
 玲司はもう落ち着いているようで、入ってきたミラをじっと見ている。ベッド横にある椅子に座ると玲司の方から話し掛けてくる。
「さっきはすまない。俺らしくなく、みっともない所を見せたな」
「いや、こちらこそ……」
 どこかぎこちないミラを見て玲司は訝しがる。
「ミラ、どうかしたのか?」
「ん、いや、別に何もないぞ」
「嘘つけよ、さっきと違ってどこかよそよそしいぞ。何かあったんだろ?」
 鋭い問いかけにミラは押し黙ってしまう。
「まあ、言いたくことを無理矢理聞いたりはしないよ。ミラにも考えるところがあるんだろうし。でも、俺に遠慮してのことだったら止めてくれよ? 俺たちは家族なんだからな」
 玲司から出る衝撃的な単語にミラはハッとする。
「れ、玲司。今なんて言った?」
「えっ? いや、だから遠慮すんなって」
「いや、その後」
「家族?」
「うん、そこ」
「何かおかしかったか?」
 素で聞いてくる姿にミラは涙が溢れてくる。
「えっ、ミラ!? どうした?」
「玲司が、初めて、家族って、言ってくれた」
「あれ、初めてだったっけ? そうかな?」
「うん、初めて。玲司からはずっと嫌われてる思ってた。だから嬉しい……」
 泣きながら笑うミラの横顔を見て、玲司はドキッとする。
(なんか、心なしか今日のミラって微妙に可愛くないか? こんな感じだったっけか?)
 良い言葉の掛けようが浮かばず、玲司はドキドキしながらもミラは見つめる。ミラは本当に嬉しかったようで、ずっとニコニコしならが目の辺りの涙を拭いている。
(こんなに喜ぶなんて想定外もいいところだ。それだけ家族を大切に思っている証拠か。なんか見てるだけで心が温かくなるな。そう言えばまだあの時のことを……)
「ミラ」
「なに?」
「あのさ、高尾山での戦いのときはごめん。俺のためを思っての待機だったんだな。母さんから後で聞かされて反省した。俺のせいでミラがあんなにボロボロになったし。ホント、ごめん」
「謝らないで。私も独断専行だったし、仲間である天使を見殺しにするなんて判断は冷酷すぎたと思う。玲司は心が優しく、私なんかよりずっと天使らしいデビルバスターよ」
 ミラから向けられる優しい言葉と笑顔に玲司はドキドキが止まらない。
(な、なんか、おかしい。なんで俺、ミラを見てドキドキしてんだ。なんだコレ)
 どう対応していいか分からず玲司はじっと押し黙る。事実、全身ボロボロで身動きが取れないのもある。そこへ来て、ミラは椅子から立ちあがり顔の側までやってくる。
「玲司」
「な、なに?」
「早く、身体良くなるといいな」
「う、うん」
「治ったら……」
「治ったら?」
「今までの、倍以上の訓練つけてやるからな? 玲司も強くなりたかろう?」 
 笑顔のミラから発せられたとても魅力的なセリフによって否が応でも現実的な自体を顧み、ドキドキは瞬く間にハラハラへと変化し玲司は苦笑いをしていた。
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