すれ違い天使Lovers
この輪の中

 三ヵ月後、双腕の完治した玲司は晴れて退院の日を迎えた。退院するまでの間、ミラは付きっ切りで玲司の側におり、必然的に二人の仲は良くなる。当初は『玲司』と呼んでいたミラもいつの間にか『レイ君』と呼ぶようになる。
 八神家内の女子勢は『レイちゃん』と呼んでおり、当初はミラもそう呼びたいと迫ったが、さすがに『ちゃんづけ』は厳しいという反論をし『レイ君』に落ち着く。反対に玲司はミラのことを相変わらず『ミラ』と呼び変わりはない。ミラ自身も玲司から『ミーちゃん』とは呼ばれたくないらしく、今の呼ばれ方には納得している。
 退院ということで家族や橘家の歓迎があると思いきや、誰も来ず玲司は少し寂しい気持ちになる。病院の最寄駅から自宅のある駅まで移動すると、ミラが話し掛けてくる。
「家に帰る前に、橘邸に寄って行こう。お世話になった千尋さんたちにちゃんと顔を見せないとね」
「ああ、言われなくてもそのつもりさ」
 橘邸に向うべく、駅を出て真っ直ぐ歩いていると正面から見慣れた青年が走って来る。
「ミラさん!? 大丈夫だったんですか? 何ヶ月も見られなかったんですけど」
「瀬戸類か。私は平穏無事だぞ。私がレイ君の付き添いをしていることは八神家で聞いて知っていただろう?」
「はい、でも、信じられなくて。もしかして、ミラさんの身になにかあったのではと、ずっと心配してました」
「そうか、ならばそれは杞憂だ。私はずっと付き添いをしていただけだからな」
「そうですか、なら安心しました」
 玲司そっちのけで話す類を見てその心中を察する。
(前にも思ったが、おそらく瀬戸君はミラが好きなんだろう。目の輝き方が違う。留真も好意を持っているようだが、留真の場合は憧れやファン的要素が強い。しかし、瀬戸君の場合はミラのお見舞いに行ったり、登校を約束したりとわりとアクティブだ。それだけ真剣ってことか……)
 冷静に見ていると類が玲司の視線に気がつく。
「あっ、すいません! 八神君退院したばかりなんですよね。大変お邪魔しました。僕はこれで帰ります。ミラさん、明日駅で待ってるから、じゃあ」
 にこやかに手を振る類をミラは無表情で見送る。その横顔見て、類の恋路が相当な難関であることを想像してしまう。橘邸に到着すると、門扉の影から蘭と絢が待ち構えていたかのように飛び出し、治ったばかりの両腕に絡みつく。
「レイちゃんおかえり! ずっと心配してたよー!」
「絢もすっごく心配してた。毎日、神様にお祈りだってしてたんだよ!」
「あ、ああ、ありがとう。でも、腕に全体重乗っけてきたらぶっ飛ばすからな?」
「でたー! レイちゃんのツンデレ脅迫!」
「懐かしい! もっと言って、もっと言ってー!」
 無邪気にまとわりつく双子を辟易として扱うが、ミラはこの光景を初めてみるようで、明らかに不機嫌な顔をしている。
(俺を心配してくれているのか、それとも蘭絢に嫉妬してるのか? よくわからん)
 テンションの高い蘭絢兄弟とテンションの低いミラを引き連れ千尋の部屋に向かう。扉を開けるとけたたましいクラッカーの音に包まれ歓迎される。室内を見渡すと、八神家全員に加え、橘家のいつものメンバー、人間モードのプリシラ、クラスメイトの雪那までいた。
「退院おめでとう!」
 練習していたのか、全員が声をそろえて祝福する。あまりの歓迎ぶりに一瞬涙腺が緩むも、真下から攻撃するかのように放たれる蘭絢のクラッカーと紙テープを顔面に浴びてイラッとする。
 全員からいろいろと質問攻めや心配をされるが、それ自体が凄く嬉しく笑顔で答える。八神家の女性陣は心配し、橘家の人間は揶揄したりからかったりしている。委員長としてクラスメイト代表としてやってきた雪那は心から心配し快気を祝う。
 豪勢な料理を囲み、蘭と絢はダンスを披露する。恵留奈の考えでは、二人はいずれ留真のようにジャニーズ入りさせるか、宝塚に入学させようとしているらしい。ダンスの後は留真がアイドルらしく歌を披露し、女性陣が盛り上がっていた。
 陽も陰り、宴もたけなわになると玲司の退院祝いパーティーが締めに入る。千尋が音頭を取り、最後の挨拶を玲司にさせる。周りは全て身内とは言え、全員から注目されると緊張する。
「えっと、改めてご心配おかけしました。そして、いろいろ尽力もして頂きありがとうございました。このようなパーティーまで開いてくれて凄く嬉しかったです」
「真面目か! 引っ込めー!」
 留真の野次が飛び、玲司は照れながらも反論を試みる。
「と、留真君が訳の分からない供述を繰り返しているわけですが無視するとして、これからはこのようなことがないように努力して行くつもりです。かけがえのない家族や友人を守るためにも」
 玲司のセリフを聞いてミラが率先して拍手をする。続き玲奈が拍手をし、みんなが拍手をする。綺麗な形でパーティーが閉幕すると、玲司たちも帰路へと付く。五人家族になって初めて、一緒の歩幅で同じ道を歩く。パーティーでの笑い話で盛り上がっているさなか、一番後ろを歩くミラが前を歩く玲司に話し掛ける。
「レイ君」
「ん?」
「本当に私がこの輪の中に居ていいのか、自信がない」
「何言ってんだ? この話題は入院中に散々話しただろ?」
「そうなんだけど、こうやって幸せな気持ちになる度に不安な気持ちも沸いてくる。いつまで続くのか、とか」
「八神家に来て間もないからまだ不安になるんだろ。今までこういう経験がないから余計にそう思うのかもしれないけど、こればっかりは時間をかけて慣れるしかないのかもな」
「そうなのか。うん、分かった……」
 笑顔ながら複雑そうな顔をする。
(こういう時って、何って言っていいか分らないんだよな)
 少し考えてから玲司は言う。
「俺、あんまり上手く良いことは言えないけど、なんつーのか、今感じてる幸せを素直に喜べばいいんじゃないか? 今ある幸せを疑ってみたり気兼ねして幸せを拒否るなんて勿体ないだろ? 嬉しかったら単純に喜ぶ、それでいいんじゃねえかな? ま、俺が単純馬鹿なだけかもしれんが」
 ちょっと照れくさそうに語る玲司の横顔を頼もしそうに見つめる。
「幸せ」
「ん?」
「素直に言ってみた」
「訳わからんわ」
「あはは、ひどいな君は。レイ君に言われたから言ったのに」
「TPOをわきまえろ、TPOを」
「幸せの気兼ねはしたくないの。誰かさんの受け売りだけど」
「はいはい、言っとけ言っとけ」
「言います言います、私は幸せ」
 言葉通りミラの気兼ねない幸せ発言を受けて笑い合っていると、玲奈が割り込んでくる。
「楽しそうじゃないの。入院の一件からホント仲良くなったわね」
「普通だろ? 俺たちは家族なんだし」
「そうです。家族です」
 同じような発言をする二人を見て玲奈の顔には笑顔がほころぶ。ミラが八神家に来て数カ月経ち、玲奈は実感する。今日という日を持って確実にミラが八神家の一員になったということを。
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