すれ違い天使Lovers

夕方、ベッドに横たわる完全治療されたミラを離れた場所から見つめる。自分と同じ父を持ち、同じように愛しながらも対立している今の状況に玲司は戸惑う。
 クッションに座る玲奈も同じ気持ちなのか、いたたまれないといった感じの表情をしている。公園でミラから聞かされたことは既に報告済みだが、気になっていることをストレートに問う。
「母さんは親父に隠し子がいるって知ってたの?」
「知らないわ。私とお父さんが一緒になって以降、お父さんは一度も天界には帰ってないから。きっとお母さんと出会う前の出来事なんだと思う」
「だとすると、天界に妻子がいるのに母さんと結婚したってことか。それはちょっと無いと思う。親父を軽蔑する」
 玲奈自身そう感じているのか反論もせず黙り込む。
「父はそんな軽薄な方ではない」
 突然ベッドから声がし玲奈も玲司もビクッとする。掛け布団をめくり二人を見るミラに敵愾心は無く、落ち着いた表情をしている。
「父に妻はいない。何十年も昔に戦の中で無くしたんだ。父も伯父も優秀な戦士で、私は二人に認められたくて努力した。でも、強くなった頃には既に二人共亡くなっていた。ニ十年くらい前に一度だけ会ったのが最後。そのとき父は愛する人間、八神玲奈と生涯を共にすると言った。私は納得出来ずに引き止めた。たった一人の家族である私を捨ててまで行くのかって。父は私に一言謝り地上に降りた。八神玲奈が父をそそのかし、私から奪ったんだと思った」
 ミラは一息つくと再び話し始め、玲司も真剣な顔で聞く。
「でも、父が幸せなら許せる部分もあった。一度死んだ父を、神の偉功まで得て蘇らせたのも八神玲奈だと聞いたから。でも父は再び死んだ。戦の中で亡くなったのだからと自分自身言い聞かせた。でも、八神玲奈の元に行かなければ、と考えるとどうしても我慢出来なくて……」
 ミラは亡くした当時を思い出したのか苦しそうな顔をする。その表情を見ると玲奈は静かに立ち上がり、ベッドに座るとミラを正面から優しく抱きしめる。
「辛かったね。貴女は一人寂しくレトの死を受け入れようとした。天界で一人残されただでさえ寂しかったのに、レトを亡くしその死を受け入れ弱くなれる場所もなかった。貴女が私を恨む気持ちは当然よ。貴女の気が済むのなら私を好きなようにしていい。それで貴女の心が救えるなら、私は喜んで死ぬわ」
 玲司は引き止める言葉を口にしようとしたが思い止まり口を閉じる。
「ミラ、貴女は悪くない。純粋でとても心が綺麗な天使。私が原因で復讐心にかられたのだったら、私が原因だし私が全ての責任を負う。なんでも言って」
 しばらく黙り込んでいたミラはぽつりと言う。
「……いても、ですか……」
「何?」
「泣いても、いいですか?」
 笑顔で頷く玲奈を見て、ミラは身体を抱きしめ声を出して泣き始める。玲奈はずっと優しく頭を撫で続け、玲司はそっと部屋を後にした――――


――三十分後、ミラの件は万事解決したと千尋に連絡し、リビングで祥子と並んでのんびりテレビを見る。二階の二人が少し気になるものの、危害がないのは明白なので安心している。明日の天気が流れたところで、二人が並んでリビングに入ってくる。
「お、お待たせ」
 玲奈は何故か緊張しており、玲司は不審に感じる。祥子も何かを感じ取ったようで話し掛ける。
「玲奈どうしたの? 何かあった?」
「え~っと、まあその……」
 口ごもる様子に玲司は嫌な予感を覚える。
(ま、ま、まさか!)
「突然の話で大変恐縮ですが、ミラちゃんは今日から八神ミラとなって、八神家の一員になります。宜しくお願いします」
 頭を下げる玲奈を見て、ミラも顔を少し赤くしながら頭を下げる。
「ええええー!」
 驚く玲司とは対称的に、祥子は嬉しそうに駆け寄りミラの手を握り挨拶している。
「レイもちゃんと挨拶なさい。ミラは今日から貴方のお姉ちゃんなんだから」
 玲奈の言葉が耳鳴りのごとくジンジン頭に響き、半分意識のない状態で挨拶をする。ミラの方は終始照れつつも、突然出来た家族に頬を緩ませニコニコしていた――――


――翌日、美咲から受けた告白の返事のことすら完全に忘却し、ショックを受けたまま登校する。窓際の席に座りボーッとしていると、美咲に肩を叩かれ正気に戻る。
「おはよう、八神君」
「ああ、おはよう……」
「あれ、元気ないです?」
「ああ、まあ……」
 そういうと玲司は再びボーッとして外の景色を眺め始める。あまりの異変に戸惑っていると留真がやってくる。
「おはようございます。ちょうどよかったです! 橘先輩、八神君おかしくないですか?」
「ん? ああ、やっぱりこんなになってたか」
 苦笑いする留真を見て美咲は怪訝な表情をする。
「どういうことです?」
「いや、それがな。葛城さんが公園で戦った天使いたでしょ? あれね、血の繋がった玲司の姉さんだったらしい。んで、昨日から八神家の一員として暮らしてるらしい」
「ええー! 嘘!?」
 美咲も心底驚き大声を出してしまう。玲司はその大声にも反応せず呆然としている。
「いや、マジな話。父親が同じ天使らしい。それで、行き違いとかあって戦いになってたけど、無事和解して晴れて家族の一員って訳」
「あの、私、昨日、思いっっっきり、ぶち殺そうとしてたんですけど……」
「らしいね。でもまあ仕方ないでしょ? 知らなかったんだし、俺自身も葛城さんにそういう作戦出しちゃったしね」
「ああ、未来の私の義姉様に当たるかもしれない方になんてことを。告白の結果なんて推して知るべく……」
 ショックを受けたのか、美咲はおぼつかない足取りで教室を去って行く。留真は二人の様子を見比べて、ただひたすら腹を抱えて笑い転げていた。
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