何度でもあなたをつかまえる
途方に暮れたかほりは……再開したレコーディングで……普段通りの演奏をすることができなかった。

揺れる……感情で、音が乱れる……。

ちゃんと狂いなく調律できたはずなのに。

まるで暴れ馬を御しきれないロディオか何かのよう。

不協和音は感じないけど……どうしよう……これ……。

やり直しをお願いしてみたけれど、むしろメンバーはかほりの揺れを好意的に受け取ったようだ。


「Es war ein großer Erfolg.」

クルーゲ先生までが、演奏をほめてくれた。


かほりの困惑をよそに、レコーディングはつつがなく終わった。





「かほりさんらしくはないが、まあ……もともと、ジャズ的なノリの強いアンサンブルだから、あれも有りなんだろ。」

帰る道々、東出は珍しく彼なりの言葉で慰めてくれたらしい。

「……ご迷惑をかけてはいけないと、正確に弾いていたのですが……求められていたのは……ノリ、ですか。」

苦笑するかほりに、東出は首を傾げた。

「あのアンサンブルにあいつが入ったら面白いだろうな。かほりさんの音も活き活きするだろうし。……誘ってみたらどうだ?」

「……せっかく日本でがんばってるのに……水を差せません。3枚めのCD、聞かれました?……IDEAらしい、素晴らしい楽曲ですわ。」


かほりは、今もなお、心からIDEAの再デビューを祝い、応援していた。

ドラマやCMに使われるコネがないので、まだまだ知名度は低い。

それでも、数少ないラジオ出演や、営業で曲を流すと、居合わせたヒトの心を捉えた。

ライブの回数も増え、メンバーも、スタッフも手応えを感じている……と、りう子が教えてくれた。

アルバムの計画も進んでいるらしい。


順風満帆、ようやく軌道に乗り始めたのに……今、雅人を煩わせることはできない。





「……恐いのか?」

その夜、武井空の作ったソーセージをケルシュで平らげてから、東出はかほりにそう尋ねた。

突然の質問に、空もアンナも、前後の脈絡がわからず、顔を見合わせた。

かほりだけがうつむいて、息をついた。

「……ええ。怖いですわ。夢にすら出て来てくれなくなりました。……捨てられたとは認めたくないですけれど……そういうことでしょうね。」
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