何度でもあなたをつかまえる
空の口調の変化に気づくこともなく、かほりは慌ててぷるぷると首を横に振った。

「違いますってば。……そんなんじゃない……。あの……それより、アンサンブルの話を聞きたいんだけど……」

必死に話題を変えようとしているかほりに、空の心がますますモヤモヤした。

無理矢理聞き出すことはできない。

でも……。

根掘り葉掘り聞き出したい。

だが、今は無理だろう。

この後、用事があるようだし……用事?

やっぱり男か!?

悶々とする想いを持て余しながらも、空は仕事の話をした。

と言っても、かほりが熱心に聞くのは、アンサンブルのメンバー候補や曲の話だけ。

詳しい契約条件は、よくわからない。

かほりは、マネージメント的なことは、全てりう子に任せてきた。


ドイツでの活動実績はかほりに知名度と信頼の箔を付けている。

たぶん日本の他の同年代のチェンバリストよりは、いい条件で依頼されているのだろう。

毎月の国民健康保険や、納税額も、馬鹿にならない……とは聞いたことがある。

今後のために、一人親方でいるよりも、会社に属するほうがいいとは思うのだけど……あ……!


以前、りう子さんがIDEAの事務所に所属することを勧めてくれてことがあったわ。

あの後、すぐに、雅人と離婚してうやむやになったけど……今なら……それもいいかもしれない。

かほりは、独りで盛り上がってドキドキした。



東出別邸を出てすぐ、タクシーの中でりう子からのメールを受けた。

京都からの依頼の件だ。

イイ話だから断わる必要はないけれど、両親、特に母の気持ちを逆なでしない配慮は必要かもしれない。

りう子らしい細やかな気遣いに、かほりは感謝するとともに、万事お任せします……と、返信した。


義姉とはいえ、無償でかほりの窓口を引き受けさせ続けるのは、やはり申し訳ない気がする。

それなら、今の個人事業主のまま事務所とマネージメント契約を結ぶよりは、IDEAのように会社の社員という形で所属させてもらおうかしら。

雅人と同じ会社の……社員……か。

何だか、くすぐったいような気がした。
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