短篇集

今日も悪魔は聞いてくる。

「願い事は決まったのか?」

だから僕は言ってやった。

「僕には別に願い事なんてないんだよ。」
「今の生活が完璧に満ち足りていると?」
「ああ、お前さえいなけりゃな。」
「嘘だな」

まただ。
何もかもを見通しているとでも言いたげな顔で悪魔は言う。
お前に何が分かるっていうんだ、
お前に何ができるっていうんだ、
勝手だ。実に勝手だ。

なぜだか僕は胸が苦しくなった。息がし辛くなった。

「出て行けよ」

絞り出した声は、自分でもびっくりするほど、低くて冷たい響きを含み、目頭がカァッと熱くなった。

「出て行け、出て行けよ。お前のせいで僕の生活は目茶苦茶だ。」

違う、違う。
悪魔のせいなんかじゃないのに。

「僕は今まで一人っきりで、気楽にやってきたんだ、お前のせいで…」
「わかった」

悪魔は素直に答えた。

「お前の願い事が決まるまで、俺はもうお前の前には現われないよ。」

そしてそのまま出て行ってしまった。

僕はバカだ。
これじゃあまるで八つ当たりみたいだ。
悪魔は普段と全く変わらないことをしただけだってのに、なんだって今日の僕はこんなにイラついているんだ。
らしくない。
止めどなく溢れる涙を、止める術が分からなくて。
拭いもせずに流れた涙は、ただ。
頬を伝い落ちて床に染み込んでいった。

ぽつり。

ふと、床にずさんに置かれたアルバムが目に入った。悪魔が見ていたのだろう。
数年前行った小旅行の写真のページが開かれていた。

この写真に写る友人たちとの交流は、もうない。
いつからだろう。
どんどん就職したり、進学したり。自分の道を歩み出した友人たちに、置いてけぼりをくった気がして。
僕は自ら孤独を選んだ。

知人との交流を断ち切り、一人暮らしのアパートに籠って、だらだらとバイトで食い繋ぐ、意味のない日々。

飽き飽きしてた。
強がって、空威張りして、弱い…なんて、弱いのだろう、僕は。
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