キミ専属
 「ハァッ…ハァッ…梅ちゃんって…意外に足速いんだね…っ」
「ハァッ…ハァッ…翔太さんが遅いだけです…っ。とりあえず…急いでくださいっ…!!」
つい先程両想いになったばかりの私達は、そんな会話をしながら収録スタジオまでの道を手を繋いで走っていた。
さっき私が由真さんに「ちょっと待っててください」とだけ告げてスタジオを飛び出してから、もう30分以上が経っている。
こんなに長い時間仕事を抜け出すなんて、きっとみんなカンカンに怒っているに違いない。
そう考えると背筋がぞっとするけれど、そんな考えがかき消されてしまうくらい、私は今幸せな気分に満たされていた。
 しばらく走ってやっとスタジオに辿り着いた私達は、意を決してスタジオの扉を開けた。
すると、スタジオにいる方々の視線が一斉に私達に集中した。
みんな最初は怖い顔をしていたが、だんだんと明るい顔になっていく。
「翔太くん!遅いじゃないか!ずっと待っていたんだぞ!」
そう言って、さっきの怒号の声の主らしき人が翔太さんに駆け寄る。
翔太さんは爽やかな笑顔でこう言った。
「すみませんでした。俺の隣にいるこの子が迎えに来てくれたんです」
それを聞いた怒号の主は、翔太さんから私へ視線を移す。
怒号の主と目が合った私は、ペコリと会釈をした。
すると、怒号の主は私に向かって満面の笑みでこう言った。
「君のおかげで助かったよ!本当にありがとう!」
嬉しくなった私は少し照れながら言った。
「お役に立てて光栄です」
次に怒号の主は、私から少し下の方に視線を移した。
そして、疑問の表情を浮かべてこう言った。
「ところで、なぜ君たちは手を繋いでいるんだい?」
「!!!!!」
それを聞いた私は、慌てて翔太さんと繋いでいた手を離す。
『手繋いでたのすっかり忘れてた…っ』
翔太さんは私の反応を見ながらクスクス笑っている。
その様子だと翔太さんは手を繋いでいたことをちゃんと覚えていたみたいだ。
『覚えていたなら言ってくれれば良かったのに…!!』
…まあ、忘れてしまう私も私だけど。
そんな私達を見た怒号の主は頭にはてなマークを浮かべたあと、こう言った。
「ま、いいか。とりあえず翔太くんは急いで収録の準備をしてくれ」
「はーい。梅ちゃん、行ってくるね」
翔太さんはそう言って笑うと、私の元を去っていった。
私は笑顔で手を振って翔太さんを見送ると、さっきの疑問を思い出した。
『なんで翔太さんが「新人タレント大集合!」っていうバラエティ番組に出演するんだろう…?翔太さんは新人じゃないし、ましてやモデルさんなのに…』
でも、そんなの考えたって分かるはずもないので、私は収録が始まるのを大人しく待つことにした。
 程なくして、既に収録の準備を終えた由真さんが私の元にやってきた。
私は咄嗟に由真さんに「すみませんでした!」と謝った。
驚いた様子で「え?」と言う由真さん。
私は頭を下げたまま、こう言葉を続けた。
「私は由真さんのマネージャーなのに、長い時間お側を離れてしまってすみませんでした」
すると、由真さんは少し焦った声で「頭を上げてください」と言った。
私が頭を上げると、由真さんは笑っていた。
「私、全然怒ってませんから。安心してください。っていうか、逆に感謝してます!小林さんを連れてきてくれて、本当にありがとうございます。やっぱり梅さんは私にとって最高のマネージャーです」
由真さんが言ってくれたその言葉に感動して、私は泣きそうになる。
必死に涙をこらえると、私は由真さんに向かって一言「ありがとうございます」と言った。
「最高のマネージャー」なんて言ってもらう資格ないけど、私も由真さんのマネージャーになれて良かった。
私は心からそう思った。
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