ぬくもり
その時、ちょうど検温の為に病室に来た看護婦さんが引き抜いてるチューブに気づき、私達は処置の間廊下に出されてしまう。



廊下で待ってる間、司はずっと黙って私の手を握っててくれた。



処置を済ませた看護婦さんに『興奮させないように』と注意を受け、私と司は病室へ戻った。



彼女はゆっくりと話始めた。



「美沙がまだお腹の中にいる時に、美沙の父親は私を置いていなくなってしまったの。


あの人は、それっきり戻ってこなかった。

どんどんお腹は大きくなって、美沙を産む時は、本当に心細くて不安でたまらなかった。」



初めて聞かされる父親の話だった。


「私を置いていったあの男を憎んだ。

そして

美沙の事まで…」


堅く握りしめた手の甲に、涙の雫が落ちていく。




もう、いい…


あなたも、あたしと同じに苦しんでたんだね。



私は母が堅く握りしめた手を、上からそっと握った。



「もういい…
もう苦しまないで…いいから…」




母の事を完全に許せたわけではないけど、私の中の分厚い氷が確かに溶けだしていた。

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