オオカミ専務との秘めごと
「はい?」
「あんた、何で見てるんだ」
男性はさっきと変わらない険しい表情でにらみつけるようにしているので、私は思わずムッとしてにらみ返した。
「見たくて見ていた訳じゃないです。私は、あの女性とぶつかりそうになったんですよ?」
「あ?よく聞こえない」
ぐるぐる巻きにしたマフラーが口まであるから、声がくぐもってよく聞こえないらしい。
仕方がないのでマフラーを下げて顔を出し、もう一度同じことを言った。
「だから、避けて転びそうになって、なんとか態勢を立て直したら、あなたたちが喧嘩をしてたんじゃないですか。不可抗力です!」
「ああそれは知らなかった、悪かったな。怪我は、なさそうだな」
「はい、ありません」
男は素直に謝罪の言葉を言い、私が乗っているバイクを見た。
「へえ、『塚原新聞店』・・・配達途中だったのか」
そう言って私の乗ってるバイクの前かごのロゴをじーっと見ている。
悪かったなと言いながらも、表情はあまり悪びれていない感じ。
本当に、この人はさっきぶつかりそうになったのを見ていなかったんだろうか。
というか、あの女性は私には一切目もくれずに去ってしまった。
一歩間違えば大変なことになっていたのに、いくら腹立だしいことがあったとはいえ、ちょっと神経を疑ってしまう。
「あんた、この件を新聞店に報告するのか?」
「はい、配達途中にあった出来事は全部報告します。他の人への注意喚起になりますので」