オオカミ専務との秘めごと
「大神専務、おかえりなさいませ」
あまりにも唐突な遭遇な上に、専務は威厳のある雲上なオーラを放っていてすぐに目が離せない。
顔を逸らす前に彼がこちらを向いて目が合ってしまい、叫び声が出そうになるのを必死で飲み込み下を向いた。
逃げようにも塩田さんが腕を掴んでいるし、何よりも専務が帰社されてそばを通るのに社員として無視するわけにはいかない。
下を向いたまま向き直って、深々と会釈をした。
今更だがなるべく顔を見せないよう、通りすぎるまでその姿勢を貫く。
心臓がばくばくと鳴り、脚がぷるぷると震え、手に汗が滲む。
今、新聞屋の私だとバレただろうか。
一瞬目が合っただけだから、気づいていないかもしれない。
そうだ、メイクも髪形も違うから、パッと見ただけではきっと分からない。
というか、分かってほしくない!
視線をビシビシ感じるのは、気のせいだ。
足音が遠ざかり、エレベーターに乗った気配がしてから姿勢を元に戻した。
ヘナヘナとその場に座り込まなかった自分を褒めたいくらいだ。
「神崎さん、専務にお会いできてよかったですね」
満面の癒し笑顔を向けてくれる塩田さんを見て、ハッと気付く。
もしや専務が来るのを知っていて、この時間に受付に来るように仕向けられたの??
それとも偶然??
「あ・・・あの」
訊きたいけれど舌がもつれて言葉がうまく出ない。