初恋
第十八話 再会(直美編)

 学校から帰宅するなり、母親の理香が直美に駆け寄ってくる。
「大変、大変よ! なおちゃん」
「はい、はい、どうしたのママ」
 直美は落ち着いた様子で理香をあしらう。幼少の頃から深雪に所作からマナーまで教え込まれた直美は、中学三年生でありながら大人びた雰囲気を醸し出している。
 理香も直美が小学校低学年くらいまではよく見る過保護ママであったが、高学年くらいでは既にママ役が逆転していた。
「前に話してた新居の話なんだけど……」
「契約成立して、私も転校するのね。明日、転校転出の手続きしとくわ。所沢のあの場所なら美央中学だから、夏休み開けまでに制服を新調しないといけないわね」
「あ、うん、そうね。なおちゃんに任せるわ」
 笑顔で承諾すると直美は自室に入る。着替えもそこそこにパソコンの電源を入れると、机に飾ってある写真に目をやる。そこには自分と修吾と深雪が笑顔で写っている。
「バーカ、忘れてたら承知しないんだから」
 写真の修吾にデコピンし直美は美央中学のホームページを開き、さらに野球部のページに飛ぶ。活動の写真には修吾のカットがいくつか見られる。修吾が富士見に引っ越したことまでは深雪に聞き知っていたが、どこの学校に通学していたのかは知らなかった。
 しかし去年の夏、この美央中学の野球部が全国大会出場を果たしたという記事を見かけ、その中にあった加藤という苗字に惹かれ、調べるとここに行きついた。
 それからは美央野球部の試合がある度に観戦に行き、遠くからひっそりと修吾を見つめていた。試合終了後、話し掛けるチャンスが全くなかったわけではないが、周りの同部員の目もあり言葉をかけることがためらわれた。
 そんな折、父親の誠からマイホームを買おうと思っていると相談を受ける。聞くと、富士見の隣である所沢に良い分譲住宅があるとのこと。年度末に住宅ローン減税が終了するということもあり、直美と両親は実地調査を敢行し、ある程度のあたりは付けていた。
「夏休み中には施工が終わって、九月からは同じ学校、か。同じクラスだったらいいのにな……」
 直美は嬉しそうに写真の修吾を見つめる――――


――九月、少し汗っかきな担任に引率されて教室にはいる。大勢の観衆の中、空手の演舞を幼少からやってきた直美にとって、人前での緊張などということは皆無である。ただ、このクラスに修吾が居た場合は、ちょっと緊張するだろうと考えていた。
 担任が紹介する短い間、教室内を見渡すと1番左側の列に修吾を見つける。
(修吾だ! 一緒のクラスになれた。しかも今ちょっと目が合った……)
 嬉しさを顔に出さないように気を付けながら直美は挨拶する。
「川合直美と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
 丁寧におじぎして再び修吾に目をやると、あからさまに驚いた顔をしており直美は少し愉快な気持ちになる――――


――放課後、川合という名前から、かわいちゃん、かあいちゃん、あいちゃん、愛ちゃん、という流れで勝手にあだ名を決められる。
 修吾と仲の良さそうな雄大に、前時代的な告白をされるが軽くかわした。前の中学校から割とよく告白されていて、性格分析により断り方を何パターンか持っている。
 雄大のような軽いタイプには、こちらも少し冗談を絡めた断り方をしている。軽いタイプほど、打たれ弱いことを心得ていた。
 しばらくクラスメイトからの質問責めに合っていたが、修吾が見当たらないことに気がつき、適当な用件を繕い教室を後にする。
 修吾の住まいがどの辺りにあるのか、おおよその見当はついているものの正確には分からない。ただ、半ドンの日程で、繁華街のある大宮駅方面に向かう確率が高いのは予想がつく。
 ゲームセンターや本屋など、学生がたむろっている施設を覗くが修吾の姿は見られない。
(明日から毎日会えるんだし、こうまでして無理に会う必要はないか……)
 諦めて大宮駅の長い通路を歩いていると、休憩所の前で見慣れた女性を発見する。仕事中なのか深雪は携帯電話で忙しそうに話をしている。
「深雪さん、頑張ってるんだ」
 今年の春に入社して、毎日仕事に追われていると語っていたのを思い出す。通話が終わるのを待って話し掛けようとすると、直美の予想と違い深雪は休憩所に入り誰かと話している?
(誰だろ? 会社の人かしら?)
 気になって遠くから覗くと、そこには笑顔の修吾が見える。
(えっ!? 何で修吾が深雪さんと会ってるの?)
 休憩所の傍に駆け寄ると、二人の死角からこっそり覗き込む。どうやらアドレス交換をしているようだ。終始笑顔の二人を見て、直美の心は強く疼いていた。
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