初恋
第二十八話 助手席

 残業を適当に切り上げた修吾は、沙織を助手席に乗せ愛車のレクサスを走らせる。聞いた住所は車だと二十分程度と遠くはないが、電車通勤の沙織からすると少し不便らしい。
 共通の話題でもある仕事の話が尽きると、新入社員の部分に触れてみる。
「そういや、結城はなんでうちの会社に入ったんだ? 実力もあるし事務なんて他にもあっただろ?」 
「他、落ちたんです」
「あ、悪い……」
 しばらくの沈黙の後、沙織はとんでもないことを口走る。
「加藤先輩って、彼女いないんですね」
「おいおい、いきなり断定かよ。先輩対して失礼じゃないか?」
「えっ、いるんですか?」
「いや、いないんだがな。なんで分かった?」
「助手席が使用感なく綺麗なんで」
「なるほど」
 修吾は関心しながら頭を掻く。彼女が居ないことを瞬時に見抜かれて言い気分はしない。
「結城はいるのか? 彼氏」
「ノーコメントです」
 沙織は車窓の景色を眺めながら軽く流す。修吾もそこは突っ込まない。
(最近の子はあんまり突っ込んで聞くと、すぐにセクハラセクハラと言い出すからな……)
「先輩」
「ん?」
「先輩って合コンとかする人ですか?」
「また唐突な質問だな。俺はしないな。小林はかなり好きらしいが。なんでだ?」
「私たちOLって仕事において男性よりも先に出世することは、ほとんどないですよね。だから出世より彼氏や結婚相手を見つけるためOLになり、合コンしたりする。これって仕方ないことなんでしょうか?」
「ん、まあ一理あるだろうな。現実的に女性が入社して定年までずっと働くケースより、寿退社するケースの方が多い。もちろん例外はあるが、概ね結城の問い通りだろ」
「そうですか……」
「結城はバリバリ働きたいのか?」
「はい。結婚なんてしません」
「これまた極端な発言だな」
「女性だって自立して生きて行けるんです。女性起業家も増加していますし、女性もどんどん社会進出すべきなんですよ。女性は結婚して家庭に入るべきだ、なんて考えは古いと思います」
「ま、結城の人生だからそれでもいいんじゃないか。っていうか、そういう風に誰かに言われたのか?」
「はい……」
「ま、だいたい想像はつくけどな」
 純二のことを頭に浮かべながら、静かになる沙織に修吾は明るく話し掛ける。
「実は、合コンに行ったことがある」
 沙織は意外そうな顔をする。
「しかし、二度と行こうとは思わない。なんでだと思う?」
「ん~、若者の話についていけいないから、ですか?」
「おまえ結構毒舌だな。ま、当たらずとも遠からずだ。俺の顔が怖くて誰も話し掛けないばかりか、場がお通夜になる、が正解だ」
「納得です」
「だろ?」
 修吾の笑顔に沙織も自然と笑顔になる。
「だから合コンはそれが最初で最後。誘われることすらなくなったよ」
「先輩、彼女できないタイプですよ」
「だよな。ま、仕事が恋人ってヤツだ」
「前時代的発言ですね。流行りませんよ、そんな考え方」
「いいんだよ、俺は一人が楽でいいし。で、この辺のコンビニまででよかったっけ?」
「あ、はい。結構です」
 コンビニに駐車すると、沙織は丁寧に礼を言って後にする。初めて使用された空の助手席を複雑な顔で見つめてから修吾はアクセルを踏み込んだ――――


――翌日、事務所に到着するなり沙織が話し掛けてくる。
「あの、先輩お話が」
「ん? もしかしてこの携帯か?」
 修吾はカバンから沙織の携帯電話を取り出す。
「あ、やっぱり車の中でしたか?」
「ああ、助手席の隙間にな」
「すいません。わざわざ」
「いや」
「ところで、中のデータ見てませんよね?」
「朝からケンカ売ってるのか?」
「いえ、見てないならいいんです。お話はそれだけです、ありがとうございました」
 用件だけ済ますと沙織はさっさと自分のデスクに戻る。その光景を遠くから見ていたのか、純二が素早く修吾に駆け寄る。
「先輩~、なんで沙織ちゃんの携帯を先輩が持ってんすか~」
「うるさいのが来たな。どうでもいいだろそんなこと?」
「いえ、どうでもよくないっすよ。もし先輩が沙織ちゃん狙いなら、俺は手を引きますんで」
「何も狙ってねぇよ。おまえの好きにすりゃいいだろ?」
「マジっすか? よーし、今日こそメルアドゲットしてやる!」
「ちゃんと仕事も教えろよ、ったく……」
 軽いノリで沙織の肩を叩いている純二の姿をみて、修吾は不安を覚えていた――――



――その夕方。早めに帰り支度を始めていると、いつものように純二がすり寄って来る。
「先輩~、これから飲みに行きませんか? 今日は残業ないんでしょ?」
「ああ、ないな」
「トモちゃんと沙織ちゃんの四人で晩御飯をかねてなんすけど、ダメっすか?」
「晩メシね、俺におごらす気だろ?」
「あら……、バレちゃいました?」
「歓迎会の埋め合わせもあるから、いいぞ」
「やった! 二人とも、今日は先輩のおごりだ!」
 はしゃぐ純二に修吾は苦笑しながら車のキーを握る。修吾の車一台でちょっとした洋食屋に向かうと、女性陣も少しテンションがあがった。
 外装からして南イタリアのトゥルッリをモチーフにしており、お洒落感が漂っている。席に通されると、定型文のように純二が生四つと即答する。
「いや、俺は車だから遠慮する。おまえらはどんどん飲めよ。あ、結城は未成年だったな。おまえはダメだぞ」
「分かってます」
 メニュー表を見ながら沙織は愛想なく答える。
「あの~アタシちょっとお手洗い。沙織も来て」
 智子の誘いに沙織も素直に付き添う。
「ちょっと先輩」
「ん?」
「俺、トモちゃん狙ってんすよ」
「だから?」
「トモちゃんと二人っきりになれるシチュエーション、組んでくれませんか?」
「つまり、俺が結城を連れ出せばいいんだな?」
「です。ダメっすか?」
「ま、いいだろ。しばらくしたら俺が急用で帰ると言って、一緒に帰ることを促してみよう」
「さっすが先輩。話わかる」
「っていうか、今朝結城のメルアドをゲットするとか言ってなかったか?」
「ああ、あの作戦はダメでした。そもそも彼氏持ちっすから」
「なるほど」
「この場合、フリーのトモちゃんの方が脈ありでしょ。あ、帰ってきましたよ」
 気が乗らないものの純二のお膳立てをすべく、修吾は適当につまみ食いすると二十分くらいで携帯電話を取り出し急用を装う。
「すまないが、急用ができた。支払いは済ませとくから、後はゆっくりやってくれ」
「あの、私も門限あるんでこれで失礼します」
 修吾が沙織を引っ張り出す前に、自分から店を出る口実を作ってくれて内心ホッとする。駐車場に来ると沙織に話し掛ける。
「送ろうか?」
「急用は宜しいんですか?」
「ああ、門限は何時だ?」
「あれは嘘です。社会人になってまで門限なんてありえませんよ」
 沙織は無表情で言ってのける。
「なんで嘘をついた?」
「私、小林先輩が嫌いなんです。だから」
「なら今日の飲み会自体断ればよかっただろ」
「加藤先輩主催の歓迎会を断ることはできません。それは礼儀に反します」
「相変わらずお固いな。まあいい、とりあえず送るから車に乗れ」
「はい、ありがとうございます」
 礼儀正しい所作で助手席に乗るのを確認すると、修吾は車を走らせる。しばらく話題なく黙っていたが、純二とのことが気になり尋ねた。
「小林、しつこいのか?」
「はい」
 思い出して怒っているのか不機嫌な表情をする。
「仕方のないヤツだな。明日俺の方からも注意しとこう。メルアドとか聞かれたんだろ?」
「はい。あまりにしつこく聞くんで、彼氏がいると嘘をついて断りました」
「賢明だ」
 目的地のコンビニまで走らせる間、沙織からの純二クレームリサイタルが開かれることになった。朝から夕方まで口説かれたらそういう気持ちになるのも自然と言える。
 コンビニの駐車場に着くと、沙織も愚痴り過ぎたことに気付いたようで素直に謝る。
「すいません。言い過ぎました」
「まあこれだけ言えば、ストレス解消になっただろ?」
 無言で顔を赤くしていたが、居づらくなったのかシートベルトを外して車を降りる。
「じゃ、気をつけてな」
 修吾の言葉に、沙織はいつものように礼儀正しく答える。
「はい、ありがとうございました。おやすみなさいませ」
 いつものお辞儀見て苦笑すると修吾はコンビニを後にした。
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