初恋
第三十五話 真相と想い
20XX年3月2日


 私がこの遺書を書くにあたり、今日に至るまでの軌跡を記しておく。長くなるがこうやって書くことにより、私自身の心の整理を付けたい。そして、これを書き綴ることにより、最愛なるあの人への謝罪としたい。

 最初にあなたを意識したのは、別れの選択を示したとき。私を迎えに行くと言った小さくも熱い瞳に心を奪われたような気がする。もちろんそれまで一緒に過ごした時間があったからこその想いだった。
 小学校の運動会で伯母様から二度と会わないように言われた日、私はどんなに辛くどんなに泣いたことか。泣かないと約束し別れた日だって私は泣いた。あなたには強くなれと言っておきながら、私はいつもあなたを想って泣いていた。本当に情けないお姉さんだったと思う。

 中学三年生になったあなたと、あの駅で偶然会ったとき運命を感じた。変わり過ぎてて一瞬分からなかったのは内緒。でもあなたはすぐに私と分かってくれた。それがとても嬉しかった。
 綺麗と言ってくれて嬉しかった。連絡先を聞いてくれて嬉しかった。デートに誘ってくれて嬉しかった。世界で一番好きと言ってくれて嬉しかった。何より、昔した約束をずっと忘れずにいてくれたことが一番嬉しかった。
 私のために卒業後すぐに働くなんて、それってプロポーズとほとんど変わらない台詞じゃないって思った。でも嬉しかった。
 
 あなたと運命の再開をしてから一ヶ月。たぶん私の人生で一番青春したって思える一ヶ月だった。たくさん話したしメールもしたし遊んだ。今振り返るとキスくらいしてあげてもよかったかしらって思う。
 でも、そんな幸せも長くは続かなかった。世の中、そんなに甘くない。人生は非情の連続だと思い知った。浮かれていた私は、あなたとの関係を母に感づかれてしまい白状してしまった。最初、中学生相手に恋愛関係になるなんてあってはならない、そういう観点から責められてると思った。でも真相はもっと残酷だった。あなたと私は伯父と姪の関係であると告げられたのだ。

 とても信じられないことだったけど、私の母方の父とその愛人との間に出来た子供、それがあなただった。変な関係だけど私の母とあなたは異母姉弟になる。当然、法律上あなたと私は結婚できる族柄ではない。
 あなたが幼少の頃、母に溺愛されていた理由も、遠縁に引き取られることを頑なに拒んだ理由も一気に理解出来た。単純に義弟として傍に置いて置きたかっただけでなく、私とあなたが結婚出来ない運命だからこそ、うちで引き取ろうとしたのだということも。
 その事実を知った私はそれが信じられず、戸籍を調べたり本家の方とお会いして真相の裏付けを計った。でも結果は母の教えて貰った通りで覆ることもなく全てが真実だった。

 真実と悟った私はあなたから逃げた。本当にどうしていいから分からず、ただひたすらあなたから逃げた。話せばあなたが壊れてしまうんじゃないかとも思った。何よりあなたの顔を見るだけで、私は号泣してしまうだろうと容易に想像がついた。
 一度、実家のマンションまで心配し来てくれたことがあった。あの時も涙を堪えるのが大変で、とにかく素っ気ない態度を取った。そんな私にあなたは健康を気遣ってくれた。本当に嬉しかったし悪かったと思ってる。
 あなたと会わない間、私は魂の抜け殻のようになり、自宅と会社の往復に努めた。当然仕事も手が付かずミスばかりで退社すら考えた。そのとき支えてくれたのが真司さんだった。ミスをかばってくれたり、元気のない私を必死に元気づけてくれた。そして、私は流されるまま真司さんと付き合い、早い段階で結ばれ妊娠した。

 妊娠するまでは日々に流されていた私も、命を授かってからは性根が入り、お腹の沙織にも真司さんにもちゃんと向き合うようになった。現実に引き戻された私は、しっかり前に進むためにもあなたとの関係を清算しようと決めた。
 デートという名目で誘うとあなたは喜んで会ってくれた。会うのはこれで最後だと思うとデート中ずっと苦しかった。公園で妊娠と結婚のことを告げたときの、あなたの顔は今でも忘れられない。その表情を見たことで受けた、私自身の心の傷は今でも残っている。あなたの気持ちが分かっているだけに、私の胸は締め付けられるように痛かった。

 あなたと決別してからは家事と育児に追われ、あっという間に時が過ぎた。そして、沙織が成人し連れて来た恋人があなただったときの衝撃は言葉では言い表せない。
 公園で結婚を伝えたときも、二十年ぶりに再開してから今現在も、私への想いを隠しながら変わらず接してくれたこと、私は誇りに思います。あなたに直接伝えることはできなかったけど、その誇り高く優しい心、私への純粋な想い、私もあなたの全てを愛していました。このような形でしか、私の想いを伝えられないのが残念でなりません。
 こうやって想いを綴っている今、私の目からは涙が溢れて止まりません。もし全てを投げ出し直接想いを伝えることができるのならば、どれだけ幸せだろう。もし私の想いを知ったのなら、あなたは私の手を取ってくれていましたか? 優しいあなたのことですもの、きっと……。
 でも、私にはその勇気がありませんでした。私はどうなっても構わなかった。けれど、優しいあなたが堕ちて行くと分かっているような道を、私が示す訳にはいかない。
 
 自分の娘とは言え、私以外の女性と共に歩く道を選んだあなたを傍で見るのは正直辛かった。けれど、あなたにも沙織にも幸せになってほしい。あなたたちの幸せが私の幸せでもあるのだから。
 隠してはいるものの今の病態から考えると、私はもうそんなに長くはない。大事な家族を残して逝くことも、あなたに直接想いを伝えることなく去ることも本当に辛い。
 なぜ神様は私たちにこのような酷い運命をお与えになられたのか。なぜお母さんはもっと早く真実を語ってくれなかったのか。悔やんでも悔やんでも抗えない、どうしようもない運命が、私とあなたを永遠に遠ざけてしまった。

 今この瞬間にでも、あなたに逢いたくて、逢いたくて堪らない。逢ってこの身もこの想いも全て受け止めてほしい。もし私たちを分かつ哀愁のさだめがなければ、私はあなたと共に人生を歩みたかった。あなたと同じ歌を聴き癒し、同じ景色をみて心育て、同じ憂いに涙したかった。
 けれど、初恋は叶わないからこそ美しく、そしてこんなにも苦しく、鮮烈に心を焦がす。私の心を温めときに切なくさせ、甘えることなく慕い、美しく想い続けたあなた。そんなあなたに出会えて、私は幸せでした。たくさんの愛と勇気を、本当にありがとう。


結城深雪

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