初恋
第四十一話 真相(深雪編)

 仕事を終え訪問先から直帰した深雪は、自宅のドアを開ける前から今日の献立が理解でき笑顔になる。匂いからして今日の晩御飯は間違いなく好物のカレーライスだ。
「ただいま」
 入社してから半年程経ち、深雪も今の業務に慣れ仕事が楽しくなってきていた。キッチンに向かうと母の雪絵からも挨拶が返ってくる。
「おかえり。今日の晩御飯はシチューよ」
「一秒で分かる嘘つかないでね?」
「そこはノリ突っ込みしてほしかったんですけど深雪さん」
「ハイハイ、着替えてくるから待ってて」
 自室でスーツから部屋着に着替え、髪も後ろでまとめる。壁に張り付けている修吾との昔のツーショット写真が目に入ると自然と笑みがこぼれた。キッチンに戻ると配膳も済み、雪絵も食べる用意になっている。
「おたませ~、あれ? 今日の晩御飯はシチュー?」
「えっ? 誰がどう見てもカレーですけど?」
「うん、ごめん。ちょっと面倒臭い」
「はい、じゃあ頂きましょ」
「はい、頂きます」
 ちょっとしたミニコントを済ますとスプーンを取る。テレビ画面には、試して納得することで合点ボタンを押す番組が映っている。テーマが美容系ということもあり、二人ともわりと真剣な表情だ。
「シジミ汁でこうも変わるか~、お母さん明日から毎日取るわ」
「制作したテレビ番組の人からしたら思う壷だと思うけどね」
「若くなれるんならなんでもOK」
「うん、それには完全同意」
 感心しながら見ていて、ふと修吾のことを思い出す。
「変わったと言えば、今日のお昼偶然しゅう君に会った」
 聞いた瞬間、雪絵の顔色が変わる。
「ほら、お母さんも前に美央中学のホームページで写真見たでしょ? 本当にあんな感じでたくましくなってた。私よりも一回りくらい大きいんじゃないかな」
「そ、そう……」
「お母さんのことも覚えてたわよ。元気だって伝えたら安心してた」
「しゅう君は元気そうにしてた?」
「元気そのもの。中学三年生よ? 元気の塊だよ」
「そうよね、良かった……」
 浮かない様子の雪絵を見ていぶかしがる。
「お母さん?」
「えっ? 何?」
「どうかした?」
「うん、ちょっとショックだったの」
「何が?」
「写真の通りってことは、スリムなイケメンじゃないことが確定じゃない? それが残念でね~」
 おどける雪絵を見て深雪は呆れる。
「それ、完全にお母さんの趣味でしょ? しゅう君に失礼よ」
「この趣向ばかりは遺憾ともしがたし」
「どこで覚えた武士語よ。私はどんな容姿になっても、しゅう君はしゅう君だと思ってる。実際今日話してみて再確認した。あの頃から心根は変わってないって」
「そう……」
 雪絵は一言つぶやくと再びカレーを口に運び始める。いつもと微妙に違うその雰囲気に、深雪も少し戸惑いながら食事を続けた――――


――一ヶ月後、修吾の話をしたとき異変を感じ取った深雪は、それ以来雪絵の前で修吾との話を避けるようにしていた。あくまで勘の領域だが、修吾のことを良く思っていないような気がする。
 幼少の頃、アイスクリームにハチミツを掛けるくらいの甘ったるさで可愛がっていた修吾を、何故この状況で嫌がるのかが理解出来ない。イケメンの有無の話は間違いなく冗談なので、他に何か理由があるのだろうと推測していた。
(やっぱり、年の差がマズイのかしら。いい大人が中学生を相手にデートとか。話してないけど、土日に会ってるのバレてるっぽいし。でも……)
 写真の修吾を見て胸が熱くなる。
(世界で一番好きとか、嬉し過ぎる。本当に毎日が幸せ。ずっと待ってて良かったって心から思える。なおちゃんには悪い気もするけど、修吾君は誰にも渡したくない。早く貴方と結婚したい……)
 修吾との未来を考えるだけで、深雪の心はポカポカしていた。一人で空想して悦に浸っていると、雪絵が突然部屋に入ってくる。
「深雪? 何度も呼んでるでしょ? どうしたの?」
「あっ、ごめんなさい。ぼーっとしてた」
「大丈夫あなた? ご飯出来てるから早くいらっしゃい」
(修吾君を想って悦ってたなんて恥ずかしくて言えない……)
 照れを隠しながら食卓に座る。今日の晩御飯は筑前煮だ。ミニコントもなく普通に食べ始めると、程なくして雪絵が箸を置く。その仕種と雰囲気を察して、深雪も箸を箸置きに揃える。
「深雪、正直に答えて」
「はい」
「しゅう君とお付き合いしてる?」
(やはり修吾君のことか)
「はい、正式にお付き合いしています」
 深雪の言葉を聞いて、雪絵は少なからずショックを受けている。しかし、真剣な顔に戻るとはっきり言う。
「別れなさい」
(やっぱりそう来たか。でも絶対に別れない)
「別れません。愛してます」
 深雪も真面目な顔ではっきり言う。雪絵は声を荒げて反論する。
「相手は中学生よ? 何考えてるの!」
「理解してます。だから修吾君が一人前になるまでは、一線を越えないよう心掛けています」
「そういう問題じゃなくて……」
「問題があるなら言ってみて下さい」
(何があっても別れるもんですか。私たちは心で繋がってる、愛し合ってる)
 深雪の決意の固さに気付いたのか、雪絵は黙り込んでしまう。その様子を見て深雪は自身の想いを語る。
「例え誰になんと言われようと、私たちの想いを変えることなんて出来ない。私たちは心で愛し合ってる。いつか必ず結婚もする。お母さんに何を言われてもこれは変わらない。私も修吾君も同じ気持ちで、この数年耐えてきたのだから。お母さんも分かっているはずよ? 迎えに来る約束、目の前で見てたんですから」
 深雪の熱い想いを聞き、雪絵はうなだれたまま動かない。
(私は必ず修吾君と一緒になる)
 微動だにしない雪絵の姿を見ても決意は微塵も変わらない。しかし、しばらく黙っていた雪絵がぼつりと呟く。
「間違ってた……」
「えっ?」
「八年前、引っ叩いてでもあなたの意見を曲げるべきだった……」
「お、お母さん?」
 よく見ると目に涙を浮かべている。
(な、なんで泣くの?)
「ごめんなさい、ごめんなさい、深雪……」
 泣いて謝る雪絵を見て深雪は戸惑い慌てる。
「ちょっと、お母さん、そんなに謝られても意味分からないし、落ち着いて説明して?」
「本当ごめんなさい……、ずっとこの八年間苦しかった……」
 突然の涙に深雪の心の中には嫌な予感しかない。
「ちゃんと言って」
「お母さんを一生恨んでいいからね……」
「それはもういいから! 何なの!?」
 理由を言わずただ謝る雪絵に少しキレ気味で聞く。
「しゅう君のお父さんが誰だか知ってる?」
「えっ? 私が知ってる頃から美里さん母子家庭だったから知らないけど」
「私の父よ」
 その台詞を聞いた深雪の心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。
「父の愛人の子、それがしゅう君なの」
(それって……)
「私からすると、異母姉弟。あなたからしたら伯父と姪の関係になるわ。当然、結婚出来る続柄じゃない」
 深雪の頭の中は沸騰しそうなくらい熱くなっている。
「美里さんたちがこのマンションに越してきたのも、私という親戚が居たから。彼女が私たちを頻繁に頼っていたのはそういう意味もあったの」
 深雪はうつむいたまま黙って聞く。
「異母姉弟とは言え、血の繋がった本当の弟だから私も目一杯可愛がった。あなたじゃないけど、本当に好きだったから。だから、離ればなれになってもいつか結婚するって約束していたあなたたちを見て、止めようとした。けど、結局押し切られる形でしゅう君は預けられた。数年経てば、深雪にも普通に彼氏ができて、しゅう君も小さな頃の約束なんて忘れて、恋人を作るだろうとタカをくくっていたのもあったけど、まさか二人ともずっと想い続けていたなんて……」
 雪絵の言葉を遮るように深雪は席を立つ。
「み、深雪?」
「信じない。そんなこと、信じない! 私は絶対信じない!」
 キッチンを走って後にすると、部屋のベッドに正面から倒れ込む。
(嘘だ! 嘘だ! お母さんが別れさせたいだけで、嘘をついてるだけだ! 修吾君と結婚出来ないなんて有り得ない!)
 否定しながらも、過去の雪絵の振る舞いや美里の台詞を回顧する。
(お母さんの修吾君への接し方、美里さんの投げやりな台詞、今考えれば納得が行く。でも、そんな……)
 修吾が親戚であることに符合する点が多々あり、深雪の目からは涙が止まらない。ふと携帯電話を見ると着信ランプが点滅している。メールを開くといつもと同じ、ただいまメールが入っている。
「修吾君、私どうしたらいいか分からない。助けて……」
 深雪は携帯電話を握りしめたまま、返信も出来ずただ涙した。

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