初恋
第四十八話 結婚式(深雪編)

 結婚式当日、沙織の衣装合わせに親戚周りへの挨拶と、深雪は八面六臂の活躍をしている。礼儀やマナーに関して、譲れない部分が多大にあるという点が行動理由の一つでもあった。
 一息吐きロビーから見える華やかな庭園を眺めていると、女性の声で背後から呼びかけられる。
「あの、もしかして、白井深雪さん? ですか」
 旧姓で呼ばれびっくりしつつ深雪は振り向いてみるも、相手の女性が誰なのかピンとこない。
(綺麗なモデルさん。誰だろ?)
「はい、あれ? どこかでお会いしましたか?」
「お忘れですか? 私です、直美。幼少のとき修吾とお世話になったなおちゃん」
 訝しがる深雪に直美は笑顔で答えた。
「あっ、なおちゃん!? ホントお久しぶり。何十年ぶりかしら? 見違えた、綺麗になったわね~」
「深雪さんこそ、反則的なくらい若々しいじゃないですか」
「あら、持ち上げても何もでないわよ? でも、なんでここに?」 
「私の旦那、修吾の中学時代の親友なんです。私も結婚して今は谷口直美になってます」
 そう言いながら左手のリングを見せる。
「そうだったの、わざわざありがとう」
「いえ、それより修吾の花嫁さん、深雪さんの娘さんだったんですね」
「ええ。考えられない偶然」
「考えられないのは私の方です」
「え?」
「修吾の気持ちに気付けない深雪さんじゃないでしょ? なんで他の人と結婚したんですか? それは縁としても、今回の修吾の結婚を許す意味が全然分からない。修吾の気持ち考えたらそんなことできませんよ」
(なおちゃん……。この感じ、修吾君のことまだ大事に想ってるんだわ)
 語気強く語る直美に深雪は少し戸惑う。
「ちょっとなおちゃん、あっちで話しましょう……」
 人気のないロビーの隅に移動すると、深雪は口を開く。
「まず、勘違いしてもらったら困るけど、私は今の夫と普通に恋愛をして結婚した。修吾君の気持ちは子供の頃から知ってるけど、それはあくまで初恋。誰もが経験してくるありふれた道なの。もちろん気持ちは嬉しいわ。だけど、現実はそうはいかないものよ」
「それは分かります。私も結婚してますし、そういう想いしてきてますから。でも、そういう気持ちを分かっているのなら、実の娘と結婚だなんて」
「なおちゃん。子供はいる?」
 直美の言葉を遮るように深雪は言う。
「はい、娘と息子、二人」
「じゃあなおちゃんの娘さんが、幸せになりたいと連れて来た相手が、自分の嫌いな人だとしたら、なおちゃんは反対するかしら?」
「それは、反対しますよ」
「でも娘さんが食い下がったら?」
「反対します」
「娘さんは愛する相手と幸せになりたいと、ただそれだけを望んでいても?」
「ええ……」
「じゃあ、なおちゃんが逆の立場なら、親に反対されて愛する人を諦められる?」
「それは……」
「無理でしょ?」
 直美は頷くしかない。
「私も、かなり反対したわ。それこそ入籍する前日くらいまでね。でも、本気で何度もぶつかってくる娘に、最後は折れるしかなかった。結局、幸せを望む子供の想いを、親は拒めないのよ。例えそれが親から見て、頼りなく不安定な道だとしてもね。それに、反対されて諦めるようなら本気の愛じゃないでしょ? 私は娘が本気だったから折れた。許したとはちょっと違うの。分かってくれるかしら?」
 深雪の説明に直美も納得せざるを得ない。
「なおちゃんの考えも優しさも私は理解できる。修吾君のこと、大切に想ってるのね」
「一応、幼馴染ですから……」
「なおちゃんの方こそ、なんで修吾君を諦めたの?」
「それは……」
 直美は深雪の目をじっと見つめる。その意味深な視線に深雪はだいたいの自体を把握する。
「私、ね……」
 直美は軽く頷く。
「そう、ごめんなさい……」
「修吾、すごく純粋だから深雪さんの結婚を知ってから、廃人のようになってました」
「私の前では全くそんなそぶりは見せなかったのに」
「あの修吾が、深雪さんの前でカッコ悪いところを見せたりしませんよ。でも、傷心の修吾をずっと見てましたけど、それでもアイツの心の中にはいつも深雪さんが居ましたね。中学時代何度も私が告白してもダメでしたし」
(修吾君、本当にあのときから二十年、私のことを……)
「そんな修吾が結婚って聞いて正直びっくりしました。それと同時にあの修吾のハートを射止めた相手がどんな人かと興味津々でした。そして、実際に花嫁を見て、新婦の母親を見て今に至ってます」
「そう、それはびっくりするわよね」
「二度びっくりですよ。でも、修吾が普通に恋愛して結婚し、幸せになるって分かったから安心しました。ま、深雪さんには悪いんですけど、私よりも付き合いが浅い小娘ごときに修吾を取られ、内心穏やかではないことは内緒です」
「あはは、素直ね」
「夢見る乙女って歳でもないんで」
「お互いにね。なおちゃんとは今度ゆっくりお茶しながらお話ししたいわ」
「同感です。機会があれば是非」
「こちらこそ。じゃあ、いろいろあるからまた後でね。今日は式に来てくれてありがとう」
「いえ、ではまた後で」
 手を振りながら笑顔で立ち去る直美を見ると、修吾と沙織の結婚を許したことを初めて良かったと思え、深雪の顔には安堵の表情が浮かんでいた。

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