初恋
第四話 クラスメイト

 病院での一戦から翌日、深雪はあまりの悔しさで一睡も出来ずにいた。土曜日という幸いで助けられたが、今の状態ではとても学校に行ける気分ではない。壁の時計を見ると朝の七時前を指している。モヤモヤが収まらない自分に嫌気がさしつつも、気分転換も兼ねて新聞を取りに玄関へ向かう。学校が休みということで雪絵もまだ起きておらず、静かに新聞を回収する。
(しゅう君、まだ帰ってないよね……)
 深雪は修吾のことがどうしても気になりドアを少しだけ開け自宅の方を見る。その視線の先には見知らぬ女の子がぽつんと立っており寝起きの頭をドキリとさせた。
(えっ!? 誰?)
 予想だにしていなかった存在に少しどぎまぎしながら、深雪は女の子の姿を観察する。背格好から推測すると、修吾のクラスメイトか同級生の友達なのだろう。ショートカットにジーパン姿からして修吾と同じく活発そうな印象を受ける。
 女の子はピンポンに手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めを繰り返している。手にしている用紙はきっと連絡事項が書かれたプリントなのだろう。ある程度察しを付けるとパジャマに白のカーディガンを羽織ってから外に出る。
(きっと学校に来なかったしゅう君を心配して来たのね)
 女の子の傍まで近づくと深雪は声を掛ける。
「おはよう」
 ピンポンを押そうとした瞬間いきなり声を掛けられ、女の子はびっくりしてして固まっている。
「驚かせてごめんね。でも、しゅう君はまだ帰ってないと思うよ」
 深雪の言葉を聞いているのかいないのか、女の子は黙って深雪をにらんでいる。深雪は警戒を解くようにしゃがんで目線の高さを同じにする。
「もしかして、お姉ちゃん警戒されてるのかな? お姉ちゃんの名前は深雪。しゅう君のお姉ちゃんみたいな人よ。あなたのお名前は?」
 女の子は少し考えてから口を開く。
「私は、川合直美です」
「直美ちゃんか。しゅう君のクラスメイト?」
 直美はプリントを大事に抱きしめたまま無言で頷く。まだ警戒を解いていない証拠だ。
「そっかやっぱりクラスメイトか。もしかして直美ちゃん、しゅう君のこと好きなの?」
 深雪の突然の質問に直美は顔を赤くし首を振って否定する。
(バレバレなところが可愛い)
 深雪は笑顔で直美の頭を撫でる。その様子に直美の緊張も解けているようだ。
「あの……」
 直美から恐る恐る言葉が発せられる。
「なに?」
「修吾はいつ帰ってくるんですか?」
 直美は心配そうな眼差しで深雪を見つめている。
(入院したなんて言わない方がいいか)
「うん、しゅう君ちょっと旅行に出掛けてるの。でも、もうすぐ帰って来るよ」
「そうなんだ。よかったぁ」
 直美は笑顔になり心からホッとしているようだ。
「そのプリント、お姉ちゃんがしゅう君に渡しておこうか?」
「ううん、なおが渡すからいい」
(意地っ張りと言うか、やっぱり好きな人には直接渡したいのね)
 深雪は微笑みながら直美の頭を撫でる。ちょうどそこへエレベーターが停まり人の降りてくる気配がする。
(まさかこのタイミングで帰ってくるなんてないよね……)
 恐る恐るその方向を見ると、悪い予想通り例の人物が現れる。背後には修吾も引き連れている。
 目が合うと美里は不敵な笑みを浮かべる。
「昨日はどうも。み、ゆ、き、ちゃん」
 意味深な呼び方に深雪はイラっとする。しかし、修吾の前では怒りにまかせて感情的にもなれない。
「いえ。それより修吾君はもう大丈夫なんですか?」
「さあ? 手遅れになる前にアンタにあげようか?」
(コイツ!)
 深雪の表情が変わるのを見て、美里は吹き出す。
「冗談よ。ところでこの女の子は何?」
 ふいに振られた直美はビクッとなる。
「しゅう君のクラスメイトです。心配してプリント持って来てくれたみたいですよ」
 深雪の紹介に直美はうんうん頷く。
「ふ~ん、クラスメイトね。邪魔くさいわね」
 全く優しさのない美里の言葉に深雪は我慢の限界を迎える。
「ちょっと!」
「アンタも!」
 深雪の言葉を遮り、美里は制止する。
「アンタもたいがい邪魔よ。とっとと目の前から消えてくれる? この偽善者」
 侮蔑するような眼差しで深雪を見ると、直美のプリントをひったくって家に入る。修吾も二人の不仲にどうしていいか分からない様子で、黙って入って行く。取り残された深雪と直美はただそこに立ち尽くしていた。

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