初恋
第五話 茶道

「今日はお茶の入れ方を教えてあげる」
 普段と違った和服姿の深雪の言葉に直美は興味津々し、逆に修吾はあからさまに嫌そうな顔をする。美里との一件以来、深雪と直美は仲良くなり、当然の如く修吾も加わり三人で遊んだり勉強したりと、交流を深めるようになっていた。
「僕はお茶よりゲームの方がいい」
 一般的でありがちな一少年の意見に深雪は諭すように語る。
「いい、しゅう君? この前に勉強したお箸の持ち方と同じで、作法やマナーって小さいときから始めた方が有利なのよ」
 深雪は茶道部で得た知識を物知り顔で講釈する。
「それにね、美味しいお茶を入れることが出来ると、良いお嫁さんとしても褒められるのよ」
 この言葉を聞いた直美はやる気満々に目を輝かせる。空手教室にも通うくらいアクティブな直美にとって、深雪の教えてくれる所作等はとても新鮮に感じるのだ。
「僕はお嫁さんにならないし」
 反して修吾は深雪のベッドでゴロゴロして全くやる気を見せない。
「仕方ないわね。じゃあ私となおちゃんがやるところを見て勉強するのよ?」
「ほ~い」
 適当な返事と変なポーズで受け流す修吾に、深雪も直美も苦笑する。深雪の室内の床はマンションでは珍しく畳貼りで、和をモチーフとした空間となっている。部活で使っている愛用の茶道具をゆったりと操り、二人に魅せるように振る舞う。
 茶道では裏千家と表千家とあり、細かい差異はあるものの基本的には同じだったりする。手際よくしゃかしゃかと泡立てている深雪は裏千家にあたる。決してスタイルが良いとは言えない普通体型の深雪だが、今日のように和服を着付けているときりっと引き締まって見える。深雪自身もそれを自覚しており、和服と丁寧な所作とチャームポイントの口元のホクロは武器だと認識していた。見慣れない姿とその所作に、興味のなかった修吾も魅入っている。
「じゃあ、なおちゃんやってみようか」
 直美は緊張しながらも、言われた通り素直に従う。不慣れな手つきで茶杓を扱う姿に、深雪は微笑ましくなる。修吾もちょっと興味をそそられているようだ。
「しゅう君も後でやってみる?」
「いいよ、難しそうだし」
「そう」
 深雪は相手の興味のないことに対して無理強いせず、今の直美のように自分なりに頑張っているときにも、一切口出ししないようにしていた。勉強と同じで、本人が自らやる気を出さない限り、本当の意味で身につかないと理解している。黙って見ている深雪に、居心地が悪いのか修吾が話しかける。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「お嫁さんに行かない僕がやる意味あるの?」
「そうね、お茶を入れるだけならあんまり意味ないのかもね。急須で入れるお茶でも美味しく飲む方法はあるし」
「でしょ?」
「でも、茶道ってそれだけじゃないの。お茶を入れる技術を競うものでもないし、美味しさを比べるものでもないしね。まあ今のしゅう君にはちょっと難しいお話になるわね」
 大きくならないと分からないと言われた修吾は、少し考えた後答える。
「僕がお茶の勉強をしないでいい理由が分かった」
「理由って?」
「僕はお茶を美味しく入れてくれるお嫁さんを貰えばいいから」
 真顔で言い切る修吾に深雪は噴き出しそうになる。その言葉を聞いた直美の茶筅を回す手捌きは早くなっていた。

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