【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 ――アオイを連れて戻ったキュリオ一行は、姫君の無事を喜びながらも複雑な面持ちで大理石のテーブルを囲んでいた。

 キュリオの視線の先では元気なラビットと戯れる無邪気なアオイの姿がある。
 ほんのすこし前まで、目の前の少女とその小動物は大怪我を負っていたのだ。それらすべてをキュリオが癒したとあらば不思議はないのだが、どうやら瀕死のラビットを癒したのはこの愛くるしい幼子のようなのだ。

「…………」

(……どう仮説を立てればよいものか……)

 キュリオはアオイを見つめながら頭を悩ませていた。
 本来ならば魔導師の才があると喜ぶべきなのだが、この世界の魔法の理論を無視した治癒法と見られ、命に関わるラビットの大怪我をその目で見たというダルドが嘘をついているとも思えないため答えを見出だせずにいる。

 ダルドから話を聞いたガーラントがキュリオへその内容を報告したころから彼は黙ったままだった。だが、口を開かないのは決して不機嫌なわけではなく、キュリオの考えがまとまっていないからだろう。

「ねえ……ガーラント、アオイ姫のなにが問題なの?」

 目の前では魔法を極めた究極の領域にいるふたりが恐らく同じことで悩んでいる。
 ダルドとて多岐に渡る魔法のひとつ<鍛冶屋(スィデラス)>の能力を持つとても希少な術者でありながら、このふたりの異次元な能力の前では無に等しい力も同然である。
 ましてや分野外である治癒の魔法のことなど、うわべ程度の知識しか知らないのだ。

「……キュリオ様、ダルド殿にはお話したほうがよいかもしれませんな」

「そうだな。私たちが答えを出せずにいる理由を君に話そう――」

 一度目を伏せてからダルドへと視線を走らせたキュリオは、彼がいきなり大きな果実を飲み込んでは消化に苦しむのと同様、細かく噛み砕いて魔法のしくみを説明してやる。

「魔法には輝きが宿っているのは君も知っているね?」

 空色の美しい瞳は確認するように、それでいてダルドが疑問をそのままにしないよう、いつでも質問を受け付けるつもりで穏やかな口調で語りかける。

「うん。知ってる」

 ダルドもキュリオが隠さずに話そうとしてくれるその態度に応えるべく、真っ直ぐにその瞳を見つめ返し、頷きながら答える。

「その輝きに触れたものが影響を受けることも知っているね」

「うん。キュリオの力がそう。毎夜降り注ぐ光が僕たちを癒してくれる」

 魔法が美しい見た目だけのために輝きを放っているわけではないことをダルドはよくわかっている。キュリオの治癒の魔法が悠久の大地を駆け抜ける時、光のカーテンが彼を中心に広がっていく光景はいつ見ても心奪われる圧巻の一言だ。そして波紋のように広がっていくそれは、命あるすべてのものに平等に降り注ぐ。

「そうだね。
そこまでわかっていれば……あともうひとつ。間もなく私たちの悩みが君にも理解できるはずだ」

「聞かせて」

 もっと複雑な話になるかと思っていたダルドだが、キュリオの言った通り間もなく……単純でありながらもっとも複雑な壁へと直面することになるのだった――。
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