【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 今宵のアオイは広間で夕食を済ませたあと、なかなか部屋に戻ろうとはしなかった。

「アオイ、今日は疲れただろう? そろそろ部屋へ行こうか」

 片膝をついてアオイの顔を覗き込んだキュリオの美しい銀の髪がさらさらと流れる。
 それを目で追ってキュリオの瞳へとたどり着いたアオイは―― 

「んーん」

 すでに何度目のやり取りだろうか。
 いつもならば湯浴みを終え、ふたりでバルコニーから悠久の大地を見下ろしている時間だろう。それでもキュリオは彼女の気持ちを優先しながら優しく言葉を続ける。

「遊び足りないのであれば部屋で私と遊ぼう」

「カイもっ」

 父の優しい遊びの誘いにそれまで頑なだったアオイの表情が和らいで。その代わり彼女の小さな手はカイの手を両手で握りしめている。

「ひ、姫様……、俺は一緒に行けません。また明日の朝遊びましょう」

 王と姫君の寝室に見習い剣士のカイが立ち入りを許可されているわけがない。考えただけでも恐れ多いことはいくらなんでも重理解しているカイは困り果てている。

「……? カイのおへやいく?」

 来れないのであればそちらに行こうというアオイの考えがあまりに可愛く、後方に待機していた女官らがクスリと笑った。

「あ、えーっと……」

「アオイ姫、今夜はどうしたんだろう」

 キュリオの傍に立っていたダルドまでもがいつもと違うアオイの行動に首を傾げている。

「カイと離れたくないようだね」

(カイが珍しく気落ちしている雰囲気を纏っているのをアオイが感じ取っているようにもみえる……)

 キュリオとてカイの表情が時折陰っていたのに気付いていないわけではない。
 原因は恐らくガーラントあたりからアオイの身に起きたことを聞かされたからだろう。しかし彼なりに考え、悩んでいるのだろうと察し遠くから見守ることにしていたのだ。

(カイとアレスはアオイと共にいる時間がこの先さらに増えるだろう。
万が一のとき、咄嗟の判断でアオイの助けとなるふたりだ。今のうちに彼らがどのような選択をするのか見てみたい)

 命令に冷静で忠実なアレスと、感情豊かでその行動の裏には強い意志を持っているカイ。
 対照的なふたりが共に行動することによって、多方面からの解決策が見つかるに違いない。

「アオイ姫、ラビットが眠いって。そろそろ寝かせてあげよう?」

 ダルドが気の利いた一言を発したが、当のラビットは先ほどからずっとアオイの膝ですやすやと眠っている。

「…………」

 すると、まだ眠気の誘いのないアオイの瞳がラビットへと向けられて。

「うん……」

 渋々といった様子で伸びてきた女官の手へラビットを託す。

「また明日会えますわっ」

 娘を愛して止まない母親のように女官の優しい抱擁がアオイを包むと、眠らないと朝が来ないと思い込んでいるアオイの心はようやく眠ることの重要さに気づき、自分を抱き上げるキュリオの腕に大人しく身を委ねた。

「私たちはこれで失礼するよ」

 アオイの気が変わらぬうちにと早々に広間を出て行こうとするキュリオにカイとアレス、ダルドが続くが――

「君たちも部屋に戻るといい。付き合わせてすまなかったね」

 一度振り返ったキュリオはそう言うと、アオイの視界から彼らを遠ざけるように足早に部屋を出て行ってしまったのだった。

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