【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
――そして第六棟。
 一段と冥府の色を増した灰色の世界がそこにはあった。

 窓辺に寄りかかった<冥王>は足元に転がっている一体の負傷者へ視線を投げる。

「口うるさいお前が黙っているのは案外つまらないな」

「……そうさせたのは……てめぇだろうがっ……」 

 投げられた視線を弾き返すこともできずにいるヴァンパイアの王だが、変わらず威勢だけはいいようだ。
 しかしその威勢さえも大鎌の柄で小突かれただけで脆くも崩れ去ってしまうほどに彼はダメージを負っていた。

「……っ!」

(屈辱だぜっ……この程度のかすり傷でこの俺がっ……!)

 表現しようのない脱力感が全身を駆け巡る。それは疲労感とは違う……それはまるで魂が抜け出てしまうような奇妙な感覚だった。

「…………」

「ヴァンパイアは傷の修復が早い。治癒に専念すれば床に這いつくばる時間も短縮できるだろう」

 マダラは「別の部屋へ寝床を用意させる」と部屋を出ていと、ティーダは不服そうに呟いた。

「……てめぇらと比べたら俺の能力なんて……たかが知れてんだよ……」

 水浴びを終えたマダラが部屋へ戻ると、そこで転がっていたはずの男の姿がないことに気づく。
 目を閉じたマダラが死の国全土に彼の気配を探すも異国の王の気配は既にない。

「…………」
 
(驚異的な生命力だな……)

「腕の一本でも切り離しておけばよかったか」

 物騒な発言もさることながら、これらすべてマダラの愛情の裏返しだということに誰も気づかない。
 異種と見なされがちなこの二大国の王は遥か昔から交流が多い。数代前には雷の王もその輪に携わっていたという話もあるが、今では変わりつつあるその間柄に……とあることが関係していることをマダラは知っている。

(……かつて<雷帝>が起こした"革命"は未完成に終わった。
鎮火した炎も火種が加わればまた燃え上がる。そのとき我らが無力では使い物にならない……)

 ティーダ自身が気づいていない力を引き出そうと考える<冥王>のやり方は少々荒いものがあるが、敵としている標的が生ぬるい相手ではないことを知っているからこそ遊んでもいられないのだ。

(先代の話が本当ならば私が即位して三百五十年余り……)


"これは唯一無二のお前の神具だ。他の誰にも扱えない特別なものさ。……神具がどう形を成すか、についてはちょっとした逸話があってね"

"逸話、ですか?"

"そう。平穏な代に即位した王の神具は美しく癖のない形をしている"

 当時の<冥王>は己の神具を翳(かざ)しながら説明してくれる。

"じゃあ僕の代は……"

 不安より期待や高揚感のようなものが勝り、マダラはまるで別人のように口角を上げる。

"……私もそう思っていた。お前の代はきっと何かが起きるのだろう、と……"

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