【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 スカーレットが城を訪れた日の夕暮れには<大魔導師>ガーラントからの書簡が彼女の屋敷に届いた。

「ねぇ、スカーレット……もしかして、またキュリオ様のところに行ってたの?」

 扉もノックせず入ってきたらしい<五の女神>ことマゼンタが不安の入交る顔で部屋の入口に立っていた。
 事件が起きたあの日、マゼンタはウィスタリアと共に行動し、彼女の傍を離れた一瞬の間にそれは起こった。争いごととはもっとも遠い人物だと思っていたため、女官らの聴取から明らかになった姉の犯行はまさに青天の霹靂だった。
 かなりのショックを受けた末の妹は天真爛漫な言動と行動を忘れたように、いまはすっかり意気消沈して見る影もない。

「……マゼンタ?
……いや、用事があって街に出掛けていただけだよ。それよりどうした? そんなところに突っ立って」

 部屋の奥、正面の机で大量の書簡をしたためていたらしい彼女は羽ペンを走らせる手を休めて顔をあげる。

「……どうした? じゃないわよ。食事くらいちゃんととりなさいよ」

 出先から戻ったスカーレットは着替えをすることもなく自室へ籠り、誰とも顔を合わせぬまま半日以上をそこで過ごしていたのだ。
 
「悪い。これが片付いてから……と思っていたんだけどな。シャルトルーズはどうしてる? すこし話がしたい」

 やや日が傾いた部屋のなかで、マゼンタの視界から書きかけの手紙を隠すように引き出しへとしまったスカーレットはゆっくり立ち上がる。

「……シャルは<六の女神>のところに行ってる。……行ってるっていうか、呼び出されたっていうか……」

 <六の女神>とは名の通り、直系であるスカーレットらに次ぐ序列の高い<女神>のひとりである。
 昔から事あるごとに言いがかりを付けては長の地位を狙う、聡明なスカーレットたちの母親の血筋とは思えないほどにしたたかな人物だった。

「私の留守を狙ったか……言いたいことがあるなら直接言えばよいものを……」

(ウィスタリアが<一の女神>だったときには問題にならなかったことが問題視されるのは私のせいだ……)

 <三の女神>であるシャルトルーズが呼び出された理由は聞かなくてもわかる。<一の女神>が犯した愚行により、必然的に長へと就任するであろうスカーレットのことが気に入らないのである。それはすべて"あの事"があるからなのだが、逆にウィスタリアの罪だけを責められたら口の達者なシャルトルーズでも言葉の返しようがない。

「あんなおばさんに言い負かされるようなシャルじゃないよ。
……私が言いたいのはこれ。お城から手紙が届いたの。スカーレットにって」

「お城から……?」

 あんな事件を起こしたのだから手紙の内容が良いはずはない。
 無関係なスカーレットに世間が責任を求めるのは間違っているが、実の姉が犯した罪である以上、身内の年長者が代わりに謝罪するべき立場にあるのは当然だった。

「…………」

(……空の状況から見て、ガーラント殿と言葉を交わしてからおよそ半日……なにか動きがあったのだろうな……)

 差し出された手紙を受け取ったスカーレットはペーパーナイフで封を切り、明かりを求めて窓辺へと移動する。
 決して自分を責めない長身の姉の後ろ姿を無言で見つめていたマゼンタは、やるせない気持ちを抱えながらポツリとつぶやく。

「……迷惑ばかり掛けてごめん、スカーレット……」

(ウィスタリアの傍にいたのは私なのに……ううん、私がキュリオ様のところに行くって言いださなければこんなことにならなかった……)

< 6 / 168 >

この作品をシェア

pagetop