不機嫌なキスしか知らない
「……覗くなら入れば?」
その言葉に、操られるようにしてドアを引いてしまった。逃げればよかったのに。
このドアを開けてなかったら、きみの涙なんて見なかったら。
そうしたら私たち、こんな関係になってなかったかな。
「なに、内田さんって覗きが趣味なの?」
ガラリと開けたドアをしっかり閉めて藍沢くんの方を向いたら、彼はもう涙を流してはいなかった。
むしろ冷めた視線を私に向けている。
「趣味では、ないよ」
「ふーん、でも覗いちゃったんだ」
「学校であんなことしてる方が悪いでしょ」
「それはそうだな」
はは、と乾いた笑いをみせる藍沢くん。
はじめて、ちゃんと喋った。
はじめて、こんな近くで顔を見た。
びっくりするくらい綺麗な顔を、直視できなかった。