足踏みラバーズ
「……えっと、ごめん。やっぱり、つき合えない、です」
たどたどしくなってしまっただろうか。おぼつかない返事は、大人の上手い回避方法とは程遠い。
おずおずと、視線を逸らしてまた戻す。その間、一度も蒼佑くんは目を逸らさなかった。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
手持無沙汰でお酒を飲むしかなくなって、ちびちびと口含んではグラスを置き、なんとかやり過ごそうとしてけれど、捉えられた視線からは逃れられることもなく。
沈黙を破った一言にあっけにとられることになるとは思わなかった。
「……やだ」
「へ?」
「納得、いかないんだもん」
だもんって、そんなに可愛く言われても。
困惑して、言葉に詰まる。うろうろと行き場のない手を押さえるように、大きな手で掴まえられる。その手は、じっとりと湿っていて緊張しているのだと思い知らされる。
飄々と話すものだから、蒼佑くんの緊張感まで気が回っていなかった。手を振りほどこうとと少し力を入れても、逃がさないとばかりに、強く強く抑え込まれる。
それは決して痛みを感じる力強さではなく、優しさを感じられるものだった。
「瑞樹とは別に好きじゃないのにつき合ったって聞いた」
ああ……と驚嘆の声をあげた。自分が話していないところまで彼が事情を把握しているのを知って、瑞樹と懇意にしているのはわかっていたが、ここまでだったとは、と目を丸くした。
それはそうなんだけど……と、歯切れの悪い言葉しか出て来なくて、居心地が悪くなる。
「学生の頃は勢いがあったっていうかね……」
ごにょごにょと言い訳がましい言葉を繰り返す私に、業を煮やしたのか、
「好きか嫌いならどっち?」
と、投げかけた。嫌いな人と二人で飲むほど人が良いわけではない。それを知った上でのこの二択は、ずるい、と思った。
「そこまで頑なにつき合わない理由って何?」
確かに、そうだ。
いまいち恋愛に良い印象がない、色事がわからない。
……瑞樹のことを忘れられてない。
きっとそれは言い訳で、軽い女だとか、節操がないとか、軽蔑されるのを恐れて断っている。
とんだ八方美人だな、とぎゅっと指先に力を込めた。当然、上に被さる蒼佑くんの手にもそれは伝わっていて、逃げるという選択肢は閉ざされてしまった。