恋してバックスクリーン

夜、寝る頃になって、やっと返信があった。

『熱は下がったから、心配しないで』

その文面は、私を余計に不安にさせた。寿彦さんにしては、やけに丁寧なメールだったから……。

月曜日の朝、海津さんの言うことも聞かず、寿彦さんの部屋へと向かった。いつもの歩き慣れた道を歩いていると、寿彦さんに会いたい気持ちが抑えきれずに、小走りしてしまう。

寿彦さんは、小さなコーポの二階に住んでいる。ふたりで住むには少々狭いけれど、それがふたりの距離を縮めるから、不満はなかった。

カンカンカン……と、軽快な足取りで階段を昇って行くと、寿彦さんの部屋のドアが開いた。

ピタリと足を止める。視線の先には、長い髪の女性……。

寿彦さんの部屋から、女性が出てきた。その場に立ち尽くし、口を開けたままぼんやりする私の隣を、女性はスッと通り過ぎていった。

甘い香りに、胸の鼓動が加速する。

寿彦さん、インフルエンザを理由に私を追い出して、他の女性と会っていた? しかも、一夜を共に……?

いやいや、寿彦さんに限って、そんなこと……。

そのとき、フッと、海津さんのひと言を思い出した。

『行かない方がいいんじゃない?』

海津さんが行かない方がいいと言ったのは、寿彦さんの浮気を知っていたから? それなら、海津さんがそう言ったのも説明がつく……。

クルリと、寿彦さんの部屋に背を向けた。一週間後、私はどこに帰ればいいんやろうか……。

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