セロリとアライグマ
6月の雨の日→晴れ
オレが瞬きを一度すると、もう新伊の姿は無かった。

一瞬新伊が見えたように思えたのは、オレの脳裏の映像だったんだろうか。

手を必死に洗い続ける新伊の姿。




「アライグマ、か…」

オレは蛇口を止めた。そしてポケットからハンカチを出して手を拭いた。


「すげーあだ名だな、ホント…」

11年前の出来事を今更思い出し、オレはフッと鼻で笑った。

11年前に習った簿記や商法、古典や化学、世界史や英語は殆どといっていいほど忘れているのに、あの出来事だけはなぜか鮮明に覚えている。


新伊がクラスからいなくなったあの後、今井達のグループは2年が終わる事には崩壊していた。

新伊というターゲットがいなくなり、結束力がなくなったのだろう。

そして今度は今井が悪口を叩かれるようになり、3年の半ばには今井はクラスでもおとなしそうな女子数名と仕方なしに一緒に行動していた。

あのリーダー格だった今井が。


最初それを見たとき、佐野とぽかんと口を開けてしまった。
本当に驚いた。



女子に言わせれば、グループのターゲットは順番に回ってくると言う。

誰かが一人の文句を言えばみんなが賛同して、そのうちその文句を言った人間がシカトされたりするギトギトした人間関係だとオレの席の後ろの女二人が言っていた。


なるほどなと思った。


ターゲットがいれば自分は嫌われずに済む。

だから誰かが誰かを嫌うのを待ち、それに賛同すればよい。



新伊が手を洗いたくなる気持ちがなんとなくわかってしまった。



新伊があの後どこの高校へ行ったのかなどは全く分からなかった。


卒業した後クラス会なども開かれた。もちろん新伊はいなかった。

皆「久しぶり~」と高校の時の話を懐かしそうにし始めたが、新伊の話など一つも出なかった。

嫌がらせする本人は、その場でストレス解消スッキリするから、嫌がらせされた方のことなんてこれっぽっちも覚えていないのだろう。


でも嫌がらせをされた方はずっとそのことを覚えていると思う。



傷つけられた方が覚えているんだ、きっと。そう思う。
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