溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
「それじゃ、お先に失礼しまーす」
となりの島の社員が席を立って、私は「おつかれさまです」と答える。
定時の十八時を過ぎたとたん、五階フロアからバラバラと人が減っていく。残業をするのは制作部の人間のほうが圧倒的に多い。それでも夜の九時を過ぎれば、ビルの明かりはほとんど消える。
「今日も遅いな」
ふと耳に入った声にキーボード上の手を止める。気が付くと、フロアは薄暗くなっていた。私の島と、遠くの企画部の島だけが蛍光灯に浮き上がっている。
振り返ると、斜め後ろの席で外出から戻ってきたらしい瀬戸生吹がノートパソコンを広げていた。とっさに時計を見ると、九時を十分過ぎている。
「おつかれさまです。今から……入力仕事、ですか?」
声が変に角ばった。ほとんど話したことがないうえに、あんなことを言われて、正直どう応対すればいいのかわからない。
「何か、手伝いましょうか」
「いや、ちょっと書類を確認するだけだから」
彼は振り向かずに答える。毛先を遊ばせた短い髪とストライプシャツのあいだに、きれいなうなじが覗いていた。