溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~


私が決意したところで、この会社には歩くスピーカーがいる。
 
定時を過ぎてしばらくすると、背後から「それじゃ、お先に失礼します」と芽衣ちゃんの声が聞こえた。私のとなりで仕事をしていた野村くんがおもむろに立ち上がる。

「お、俺も、そろそろ帰ろうかな~」
 
ひとりごとのように呟きながら、帰り支度を始める。
 
わかりやすい。わかりやす過ぎるよ君たち。
 
心の中でつっこみながら、「おつかれさま」と声をかけた。
 
彼らがいなくなるとフロアは急に静かになる。よくよく見ると半分以上の人間が帰宅してオフィスは閑散としていた。
 
私もぼちぼち引き上げようかな。
 
パソコンの電源を落とし紅茶の残りが底に溜まったマグカップを持って給湯室に向かう途中、仕切りガラス越しにエレベーターが開くのが見えた。
 
瀬戸くんが携帯を確認しながら降りてくる。目が合うと、彼はカードリーダーにかざそうとしていたIDカードを下げ、私に見えるように廊下の奥を指さした。
 
非常階段がある方向だ。私はコップを手早く片付けて、フロアを出た。
 
十九時前なのに、外はすっかり暗闇に覆われ周囲のビルやマンションの街灯が煌めいていた。

コンクリートを敷き詰めた屋上には、エアコンの室外機が置かれているだけだ。殺風景な景色の中、彼はあの日と同じ場所で手すりにもたれていた。

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