溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~

* * *

土曜日の午後、改札を抜けていく大学生たちに交じって駅の外に出る。見上げると、空一面を細切れの雲が覆っていた。秋の空だ、と思う。
 
電車を降りた若者たちはばらばらと大通りを左に折れていく。その先には皇族やら名立たる企業のお子様がたが通うという由緒正しい名門大学があった。

だけど通りを歩いている大学生たちはうちの弟と変わらないような普通の子たちばかりだ。むしろ身長が188センチで体重が100キロの弟のほうが、普通の大学生には見えない気がする。
 
息をついて、私は一度だけ来たことのある道を歩き出した。カバンを握り締める手に力がこもる。
 
やっぱり、もっと明るい格好をしてくればよかったかも。
 
クローゼットの前であれこれと悩んだ挙句、私が選んだのはツイードのセットアップだった。

ネイビーで落ち着いた雰囲気だけど、襟元のシフォンの花飾りがシンプルな装いにさりげなくフェミニンな印象を与えてくれる、お気に入りのスーツだ。
 
私とは対照的に明るい格好をしていた瑠璃さんを思い出し、目をつぶった。
 
いや、これでいい。下手に慣れない格好をするよりも、いつも通りでいたほうが本来の自分を出せる。
 
アイアン製の門扉の前で足を止めた。見上げると、防犯カメラと目が合う。
 
すうっと息を吸ってゆっくり吐き出した。
 
瀬戸くんは私に会ってくれるだろうか。不安だけれど、とにかくお金は返さなければならない。
 
意を決して、インターホンのボタンを押した。


< 168 / 205 >

この作品をシェア

pagetop