溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
 
なかなか応答がない。崖の上にでも立たされている気分だ。心臓がばくばくと忙しなかった。
 
でも、自業自得だ。
 
私は瀬戸くんを不安にさせたのだ。彼からの愛情によりかかるばかりで、自分は何もせずに甘えていた。
 
ただでさえ忙しい人なのだ。きちんと意思疎通を図っていなければ、きっと心は簡単に離れてしまう。私はもっと早く、自分の気持ちを伝えるべきだったのだ。
 
ねえ、まだ間に合う?
 
マンションのようにそびえる豪邸を前に、足が震えた。

はじめて訪れたときに平気で立っていられたのは、隣に瀬戸くんがいたからなのだと改めて思う。たった一ヶ月半で、彼の存在は間違いなく私の胸の奥深くに居座っている。

『はい』とインターホンから声が聞こえて、私は背筋を伸ばした。

「西尾光希と申しますが、生吹さんはご在宅でしょうか」

『生吹はおりませーん。おかえりくださいっ』
 
人を小馬鹿にしたような口調にピンとくる。瑠璃さんだ。

「それなら、杏子さんをお願いします」

『おばさまもお出かけ中ですわ』
 
くすくす笑う声が聞こえる。向こうは私の姿を見ているのだと思うと、眉間に皺が寄りそうだ。

『生吹は傷ついてるの。全部あなたのせいよ。二度と来ないでちょうだい』
 
切ってしまったのか、それきり音声は聞こえなくなった。溜息がこぼれる。

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